ちびっこ息子と俺様社長パパは最愛ママを手放さない

 ふいに、彼の手がこちらに伸びてどきりとする。私の耳を覆う髪にそっと指を通し、目を見つめて魔法をかけるかのごとく言う。

「断言する。君を救えるのは俺だけだ」

 頬に触れる指にも、頼もしすぎる言葉にも、心が大きく揺り動かされた。
 彼の言う通り、この人と一緒ならどんな困難も乗り越えられそうな気がする。なにより、好きな人がここまで言ってくれているのに、この好機を逃していいのだろうか。
 お互いに不本意な結婚から逃れるためだとしても、好きな人と一緒になれるなら幸せなんじゃないか。たとえ愛がなくても──。

 そこまで考えた時、すっと手が離されると同時にふと理性的になった。
 危うく承諾しそうになったけれど、もっとよく考えないと。愛がない結婚は本当に幸せなのかは、こんなにすぐ結論を出せる問題じゃないもの。
 ももの上に置いた手をきゅっと握り、副社長に頭を下げる。

「そこまで考えてくださって、本当にありがとうございます。ただ、すみません、ちょっと時間をください……」
「ああ、もちろん。これを飲む間に考えてくれ」
「短くないですか」

 すぐに飲み終わるでしょうと、彼が口をつけるグラスを見つつ心の中でツッコんだ。そして私もカウンターに向き直り、ふうと息を吐き出す。