「セドリック様?」

「本当にごめん! ワザとじゃないんだ……」

 地下に降りたと同時に何故か謝罪をされた。
 話を聞けば梯子を降りている最中、エヴェリーナがちゃんと降りているか心配になり見上げたらしい。そこまで聞いて「ああ……」と気付いた。
 要するに不可抗力でスカートの中を覗き込んだという事だ。
 セドリックが動揺していた理由が腑に落ちた。

「いえ、お気になさらないで下さい。寧ろ醜態を晒してしまい申し訳ありません」

 女嫌いのセドリックは、気分を害したに違いない。それは本当に申し訳なく思う。
 だが正直それどころではない。
 エヴェリーナは冷静に話しているが、内心羞恥心に震えていた。
 心なしか顔が熱い気がする。

(セドリック様に、し、下着を見られてしまうなんて……これからどんな顔をすれば……)

 今は薄暗く互いに顔がよく見えないが、地上に戻ればバッチリ顔を合わせる事になる。考えるだけで目眩がする気がした。

「醜態なんて思う筈ないだろう! それに暗くてよく見えなかったし、一瞬だったし……」

「そうなのですね……」

「……」

「……」

 物凄く気不味い。
 向かい合っているのに、互いに顔を背け不自然過ぎる。

「あの、そろそろ荷物を調べても宜しいでしょうか?」

「あ、ああ、そうだね、そうしよう」

 ぎこちなく話すセドリックに苦笑しながら、視線を山積みにされている物へと向けた。
 取り敢えずここまで来たのだから、目的を果たさなくてはならない。
 気持ちを切り替えたエヴェリーナは早速調べ始めた。
 
「毛布に食器類、玩具、蝋燭、石炭……確かに、日用品ばかりですね」

 ぱっと見、予備や使わなくなったが捨てるには惜しいと思われる物が置かれている印象だ。
 取り敢えず一つ一つ手に取り調べてみるが、どれも何の変哲もない物ばかりだった。

「どう? 何か気付いた事はある?」

「いえ、特には……」

 やはりここには無いのかも知れないと諦め掛けるが、不意にある物が気になった。
 その時だった。梯子が軋む音が聞こえてきた。
 誰かが降りてくる。
 二人は思わず息を呑む。
 先程兵士達は部屋から退出させた筈だ。
 それに近付いてくる音は一人分だと思われる。
 騎士や兵士は基本的に単独行動はしない。但し役職についている人間は別だ。
 今孤児院にいる該当する人物はセドリックとザッカリーくらいしか思い当たらない。
 ただエヴェリーナは配置されている人員を把握している訳ではないのでなんとも言えないが。
 セドリックへ目配せすると彼は頷き、エヴェリーナを守るように音の方へ一歩前に出ると腰に下げている剣に触れた。
 彼の行動から、エヴェリーナの推測が当たっている事が窺える。

「誰だ」

 緊迫した中、彼の声が地下室に響いた。
 そして返ってきた声は、先程聞いたものだった。

「物騒だな」

「ザッカリー……何しにきたんだ」

 不審人物ではなかった事に安堵する一方で、この状況は良くないと戸惑う。
 部外者であるエヴェリーナが、家探しをしているのだ。叱責されてもおかしくない。

「それはこっちの台詞だろうが。そのお嬢ちゃんをこんな所に連れ込んで何をしているんだ。まさかお茶や散歩の次は我慢出来なくなって盛ってた訳じゃないだろうな」

「盛っ……そんな訳ないだろう⁉︎」

「だろうな。女嫌いのお前があり得ないーーお嬢ちゃん、どうやってセドリックを誑かした?」

 暗がりでも分かる。
 鋭い視線が突き刺さる。
 明らかに彼からは敵意を感じた。

「ザッカリー、リズを侮辱する気か」

「セドリック、お前には聞いていない。俺はお嬢ちゃんに聞いているんだ。それで誰の指示だ? セドリックに取り入って何を企んでいる? 何故こんな所まできた?」

「……」

 間にセドリックがいるとはいえ、凄い威圧感だ。
 緊迫した空気に、息苦しささえ感じてくる。まるで獲物を狙う獣のようだ。
 流石ルヴェリエ帝国の騎士団長の名は伊達ではない、と感心している場合ではない。
 彼の口調からして恐らくザッカリーはエヴェリーナを密偵かセドリックを籠絡する悪女とでも思っているのだろう。

「申し訳ありませんが、ザッカリー様の仰っている意味が私には分かり兼ねます」

「シラを切るつもりか?」

「そのようなつもりはございません」

「お嬢ちゃんの事は少し調べさせて貰ったが、驚く程何も分からなかった。まあその風貌からして西大陸の人間だろうから、仕方がない事だがな」

 彼とは初対面にも関わらずどうやら向こうはエヴェリーナの事を知っており、しかも調べられていた事実に驚いた。
 ただ騎士団でセドリックの侍女の噂が立っていたらしいので、あり得ない話ではない。

「本当です。私はただの雇われている侍女に過ぎません」

 否定をするも、彼は全くと言っていい程聞く耳を持たない。
 困りながらも懸命だと思う自分がいる。
 ただ今は褒めている場合ではない。
 この状況をどう切り抜けるか考えなくてはならない。

「リズは悪くない。今日ここに来るように指示をしたのは僕だ、彼女の意思じゃない」

「何の為に呼んだんだ? そう言えば関所にも連れてきていたらしいな」

「……リズの意見を聞きたかっただけだ」

「それは何の為だ」

「リズは有能で博学なんだ。彼女を巻き込むべきではなかったが、今回の件は早急に解決しなくてはならない事案だった故に、彼女の力を借りる事にした。全て僕の独断であり僕の責任だ」

「有能で博学か……」

 今度は訝しげな目を向けられる。
 
「リズの助言がなければ、きっと未だにアジトに辿り着けていない」

「いきなりお前が招集をかけるた時は驚いたが……なるほど、このお嬢ちゃんが一枚噛んでいた訳か」

 視線は外され、ザッカリーは瞬間無言になる。そして再び口を開いた。

「まあいい。そこまで言うならその実力を見せて貰おうか。どうせ、まだ見つかっていない本命を探していたんだろう?」

 ザッカリーからの殺気が消え、エヴェリーナは小さく息を吐いた。