翌朝、ジルからセドリックの発疹は消え体調も問題ないと聞かされ安堵する。
 その後はいつも通り仕事に取り掛かった。


「あれ、リズさん、こんな所にいたんですか?」

 二階の奥ばった部屋は、物置部屋となっており、使わなくなったが捨てるには躊躇われる物が置かれている。明かり取り窓しかない故、部屋の中は昼間だと言うのに薄暗い。
 そんな中でリズが山になっている家具やら小物を片付けていると、突然扉が開きソロモンが入ってきた。

「そろそろセドリック様にお茶をお出しする時間では」

「それはミラさんに代わって頂きましたので大丈夫です」

「あれ、でもここの片付けは別の方に頼んだ気がするんですが」

「代わって頂きました」

「そうなんですね」

 目を丸くして首を傾げるソロモンを尻目に、エヴェリーナは気にする事なく片付けを再開した。
 
 



 エヴェリーナはセドリックの視界に入らないように細心の注意を払った。
 彼が仕事をしている時は執務室の窓から見える庭には行かないようにしたり、食事は一階の食堂で食べる為その間は二階で作業をする。また彼の移動時間を予測して廊下で鉢合わせる事を防ぐ。
 そういえば以前にも似たような事があった。
 あの時はセドリックが意図してエヴェリーナを説得する為に追い回してきたが、今は逃げる側しかいないのでかなり楽だった。
 そうしてエヴェリーナは徹底的にセドリックの視界から消える事に成功をした。


 半月後ーー

「リズさん、買い出しをお願いしたいのですが宜しいですか?」

 その日、エヴェリーナは朝一でジルから買い出しを頼まれた。
 エヴェリーナは快諾するとマントを取りに一度自室へと戻る。
 支度を終え屋敷を出ると門前には既に馬車が準備されていた。
 前回はソロモンが一緒に行ってくれて、そこにイアンが加わり大分賑やかだった。だが今日は一人なので少し緊張をする。

「え……」

 馬車の扉を開けるとそこには先客がいた。
 予想外の事態に思わず間の抜けた声が洩れる。
 エヴェリーナが困惑して動けずにいると、彼は笑った。

「リズ、日が暮れるよ。早く乗って」

「ですが……」

「もしかして、僕と二人で馬車に乗るのは嫌とか?」

「い、いえ、そういう事では……」

「なら、構わないね」

「はい……」

 セドリックに押し切られる形で、エヴェリーナは馬車に乗り込んだ。

 エヴェリーナはセドリックの斜め向かい側に座るが、一般的な大きさの馬車なのでどうやっても距離は近い。
 
(これはどういった状況でしょうか……)

 仮に彼が街に用事があるとしても、わざわざエヴェリーナと一緒の馬車に乗る理由が見当たらない。
 折角この半月、彼に心穏やかに過ごして貰いたい一心で行動してきたのに、これではせっかくの努力が水の泡だ。

「それで、どこへ行こうか?」

「少々お待ち下さい。今確認致します」

 エヴェリーナはジルから受け取った買い出しリストのメモを取り出した。出掛け際に後で確認するように言われていたものだ。

『セドリック様を宜しくお願いします』

 開いてみると、そこには一行だけそんな事が書かれていた。

(……騙されたって事ですよね)

 なにをどう宜しくなのかは不明だが、どうやら買い出しは嘘だったらしい。

「確認は済んだ?」

「はい……」

「ジルはなんて?」

「セドリック様を宜しくお願いしますとありました」

「はは、ジルらしいねーーさてリズ、この半月逃げ回っていた分、今日は一日付き合って貰うよ」

 何故か少し立腹した様子の彼に困惑をする。
 エヴェリーナとしては気を遣ったつもりだったのだが、どうやら気に障ったみたいだ。

「それじゃ、リズ。宜しく」

 どことなく浮かれながら、彼は悪戯が成功した少年のように得意げに笑った。