剣術大会後ーー

 その夜はセドリックの健闘を讃えいつもより豪華な夕食が用意された。更にセドリックからの提案で、使用人も交え皆で食事をする事になり立食パーティーのようになった。

「セドリック様、準優勝、おめでとうございます」

 ソロモンを始めとする使用人達は口々に準優勝したセドリックを賞賛する。

「凄かったんですよ! サッと剣を躱し、瞬時に背後を取り相手の剣を跳ね飛ばしたんですよ! その後はーー」

 酒が入りほろ酔いのソロモンは興奮冷めやらぬ様子で試合の様子を身振り手振りを交えて語る。
 観覧していないジルやミラ、他の使用人達は興味津々にその話に耳を傾けていた。実に微笑ましい光景だ。

「楽しんでいるかな」

「セドリック様」

 エヴェリーナは窓際で一人、ワインの入ったグラスに口をつけていた。今あの輪の中に入るのは気が引けてしまう。
 そんな時、セドリックに声を掛けられた。
 彼はエヴェリーナの隣に来ると、人一人分程の距離を開け壁に背を預ける。

「今日はわざわざ応援に来てくれて、ありがとう」

「いえ、こちらこそご招待して頂き恐縮です。とても素晴らしい試合で、感動致しました」

「それは良かった」

「アルバート様の剣捌きも凄かったです」

「まあ、あれでも一応騎士団の第二部隊隊長だからね」

「セドリック様も、隊長をされているとお伺いしました」

「うん、一応ね。ただ余り顔を出さないから副隊長のーー」

 暫し雑談をしていると、手元に視線を向けられている事に気付いた。すると彼もそれに気付いた様子で慌てて自分のグラスを隠した。
 
「セドリック様は、何を飲まれているのですか?」
 
「え、いや、これは……」

 何となしに聞いただけだが、セドリックは明らかに動揺をする。
 もしかして、失言でもしてしまっただろうかと心配になった。

「セドリック様はまだお子様なので、お酒は飲まれないのです。ですのでセドリック様は、葡萄ジュースをお飲みになられております」

 いつの間にか近くに来ていたジルが、セドリックの代わりに返事をした。
 普段は礼儀正しく腰の低いジルの少し棘がある物言いに呆気に取られる。

「ジル、余計な事を言うな!」

「余計ではございません、事実です」

 一見すると素面に見えるが、どうやら酔っているみたいだ。

「それに本当はオレンジジュースがお好きなのにも拘らず、ワインに擬態させる為に人前では葡萄ジュースを飲まれるのです。リズさん、涙ぐましい思われませんか?」

「ジルっ‼︎」

 ジルは一滴も涙が出ていないがハンカチで目元を拭う素振りを見せる。
 話を振られたエヴェリーナは内心戸惑った。
 冗談だとは分かっているが、本人を目の前にして一体なにをどう答えろというのだろうか。
 ちらりとセドリックを盗み見れば、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。

「確かに私はお酒を飲めますが、実はお酒よりジュースの方が好きなんですよ」

 嘘は言っていない。
 そもそも嫌いではないが自ら進んで飲む事はなく、余り強くもない。ただ社交の場では、付き合いも体裁もあるのでグラス一杯は飲むようにしていた。
 
「少々飲み過ぎてしまったみたいです、失言でした、申し訳ございません」

「いや、僕も大人気なかった」

 瞬間黙り込んだ二人は、顔を見合わせた後毒気を抜かれたように笑う。その様子にエヴェリーナも釣られて笑った。

 その後、エヴェリーナは顔を真っ赤にしたソロモンに絡まれた。するとソロモンはセドリックに叱られ、暫く酔いが覚めるまで部屋の隅で反省をする事になってしまった。
 不憫に思い水を差し出すと、大袈裟に謝罪と感謝をされる。
 そんな中、駆けつけたセドリックに何故かまたソロモンは怒られていた。だが皆、二人の様子を見て笑っている。釣られたエヴェリーナもまた笑った。
 そうやって夜は更けていった。