エステルがカークと再会できたのは三年後のこと。彼が騎士学校を主席で卒業し、騎士見習いとして王立騎士団に入団を許されたときだった。
十三歳になったエステルは相も変わらず騎士団に混ざって訓練に明け暮れていた。さすがに庭を走り回って膝を擦りむく年ではないが、代わりに鍛錬で作った切り傷や打ち身が万年創となっていたので、実質は変わらないのかもしれない。
「カーク? カークよね、久しぶり!」
「エステル……様?」
騎士見習いの入団式の場で、記憶の中よりも大きくなったカークの姿を見つけて思わず駆け寄った。
「エステル様、ずいぶんと大きくなられましたね」
「それはこっちの台詞よ! カークもずいぶん身長が伸びたのね。もうソフィアお姉様より大きいんじゃない?」
「……騎士学校に入学する前には、もうソフィア様の背を抜いていましたよ」
「そうだった? お姉様、背が高い方だから、カーク負けてたんじゃなかったっけ」
記憶を辿ろうにも三年以上も前のことだ。身長なんて細かいことまではさすがに憶えていない。
「まぁいいや。カーク、無事騎士見習いになったのね、おめでとう」
「ありがとうございます。エステル様は相変わらず騎士団に出入りされているのですね」
「当たり前よ! 私は将来、ソフィア女王陛下を守る剣になるんだから」
「エステル様、お言葉ですが、それは俺たちの役目です。エステル様がされる必要はありません」
「カークってば、久しぶりに会えたっていうのに侍女や家庭教師と同じこと言うのね。つまんない」
最近ついたばかりの家庭教師はいい人ではあるのだが、「もっと王女様らしくなさってください」と口をすっぱくして言ってくるのが玉に瑕だ。マナー講師も兼ねているので余計に口うるさくて、今も彼女の目を盗んで抜け出してきたばかりだ。
ここに来ることは、エステルの父も母も認めてくれていた。姉のソフィアなど、面白がってたまに見学に来るくらいだ。王太女の登場となれば騎士たちの士気も上がり訓練にも身が入る。十五歳という若さながら大学に通っている忙しい姉姫はそう滅多にお目にかかれる存在ではないので、周りの騎士たちからも次はいつ来るのかと矢のような催促を受けることもしばしばだった。
みんなが自分でなく姉のソフィアのことを心待ちにしている。それが気に食わないわけではないのだが、なんとなく面白くない。
そんなことまで思い出してしまい、エステルは思わず顔をむくれさせた。
すると、エステルの頭上にカークの手が伸びてきた。
「俺はあなたがここで頑張っていることを知っています。剣を握るなと言いたいわけではないんです」
彼の手は二、三度ぽんぽんとエステルの頭を撫でて離れていった。
「エステル様、すみません、集合時間なので俺は行きます。またお会いできて嬉しかったです」
「カーク……」
彼の目線を追えば、空色の瞳が弧を描いてエステルを見下ろしていた。記憶の中よりも高い位置にある瞳と視線を結ぶには、エステルは首をかなり上げなくてはいけなかった。
そのまま小さく手を挙げ、カークはエステルの前から去っていった。走る後ろ姿に昔の面影を少しだけ感じる。
彼に撫でられた頭に手をやれば、そこだけが熱を帯びたように温かかった。髪が乱れているのはいつものこと、それでもほつれた髪に彼が触れたのだと思えば、途端に顔に血が集まるのを感じた。
(カークってば、あんなにカッコよかったっけ……)
すでにない彼の背中を思い出せば、赤くなった頬の熱がいつまでも冷めず、ひとり途方に暮れる。
自分の中で長年温めていた気持ちに名前がついたことを、自覚せざるを得なかった。
十三歳になったエステルは相も変わらず騎士団に混ざって訓練に明け暮れていた。さすがに庭を走り回って膝を擦りむく年ではないが、代わりに鍛錬で作った切り傷や打ち身が万年創となっていたので、実質は変わらないのかもしれない。
「カーク? カークよね、久しぶり!」
「エステル……様?」
騎士見習いの入団式の場で、記憶の中よりも大きくなったカークの姿を見つけて思わず駆け寄った。
「エステル様、ずいぶんと大きくなられましたね」
「それはこっちの台詞よ! カークもずいぶん身長が伸びたのね。もうソフィアお姉様より大きいんじゃない?」
「……騎士学校に入学する前には、もうソフィア様の背を抜いていましたよ」
「そうだった? お姉様、背が高い方だから、カーク負けてたんじゃなかったっけ」
記憶を辿ろうにも三年以上も前のことだ。身長なんて細かいことまではさすがに憶えていない。
「まぁいいや。カーク、無事騎士見習いになったのね、おめでとう」
「ありがとうございます。エステル様は相変わらず騎士団に出入りされているのですね」
「当たり前よ! 私は将来、ソフィア女王陛下を守る剣になるんだから」
「エステル様、お言葉ですが、それは俺たちの役目です。エステル様がされる必要はありません」
「カークってば、久しぶりに会えたっていうのに侍女や家庭教師と同じこと言うのね。つまんない」
最近ついたばかりの家庭教師はいい人ではあるのだが、「もっと王女様らしくなさってください」と口をすっぱくして言ってくるのが玉に瑕だ。マナー講師も兼ねているので余計に口うるさくて、今も彼女の目を盗んで抜け出してきたばかりだ。
ここに来ることは、エステルの父も母も認めてくれていた。姉のソフィアなど、面白がってたまに見学に来るくらいだ。王太女の登場となれば騎士たちの士気も上がり訓練にも身が入る。十五歳という若さながら大学に通っている忙しい姉姫はそう滅多にお目にかかれる存在ではないので、周りの騎士たちからも次はいつ来るのかと矢のような催促を受けることもしばしばだった。
みんなが自分でなく姉のソフィアのことを心待ちにしている。それが気に食わないわけではないのだが、なんとなく面白くない。
そんなことまで思い出してしまい、エステルは思わず顔をむくれさせた。
すると、エステルの頭上にカークの手が伸びてきた。
「俺はあなたがここで頑張っていることを知っています。剣を握るなと言いたいわけではないんです」
彼の手は二、三度ぽんぽんとエステルの頭を撫でて離れていった。
「エステル様、すみません、集合時間なので俺は行きます。またお会いできて嬉しかったです」
「カーク……」
彼の目線を追えば、空色の瞳が弧を描いてエステルを見下ろしていた。記憶の中よりも高い位置にある瞳と視線を結ぶには、エステルは首をかなり上げなくてはいけなかった。
そのまま小さく手を挙げ、カークはエステルの前から去っていった。走る後ろ姿に昔の面影を少しだけ感じる。
彼に撫でられた頭に手をやれば、そこだけが熱を帯びたように温かかった。髪が乱れているのはいつものこと、それでもほつれた髪に彼が触れたのだと思えば、途端に顔に血が集まるのを感じた。
(カークってば、あんなにカッコよかったっけ……)
すでにない彼の背中を思い出せば、赤くなった頬の熱がいつまでも冷めず、ひとり途方に暮れる。
自分の中で長年温めていた気持ちに名前がついたことを、自覚せざるを得なかった。

