馬車にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた珍しい保存食や甘味、お酒を前に、エステルは考えた。

 ここにあるのは南部では不足している物、つまりあげたら喜ばれる物だ。

 昨日から街に入れず立ち往生していた馬車は騎士たちに守られ無事だ。そして馬車を守る騎士たちを遠巻きに眺める住民たちの姿がちらほら見える。中には子どももいた。

 エステルは荷物の中からラムネの瓶を取り出し、子どもに近づいた。騎士が慌てて止めようとしたが、それを制して子どもの前にしゃがみこんだ。

「ねぇ、僕。これ、何か知ってる?」

 瓶を軽く振りながら見せれば、十歳くらいの男の子の目が見開かれた。

「それって、ラムネ?」
「そうよ。食べたことあるかしら」
「ずっと前にあるよ。魔獣が来るよりも前。それ、口の中でしゅわしゅわ溶けて、すごく美味しいんだ」
「よく知ってるのね。ねぇ、ちょっとお姉さんのお手伝いしてくれないかしら。お駄賃にこのラムネを分けてあげるわ」
「うん、いいよ! ラムネくれるんだったら!」
「ありがとう。あのね、君が持っているその木桶。その中に瓦礫や廃材、ゴミなんかを集めて持ってきてくれない? 木桶いっぱいの瓦礫とラムネ一個を交換してあげるわ」
「え、瓦礫って、これとか?」

 少年が指差した先の石の破片をエステルは拾い上げ、木桶に入れた。木桶は子どもが片手で持てるほどの大きさだ。それほど負担にはならないだろう。

「そうよ。こうやって拾い集めて私のところに持ってきてほしいの。そうね、ここから見える道路と、左右にある昔家が建っていた場所から集めてちょうだい。遠くの物はとりあえず今はいいわ」
「わかった! そんなのすぐに出来るよ!」
「あなたのお友達にも伝えて、みんなで集めてくれるかな。ラムネはたくさんあるし、飴やチョコもあるわ。あと、果物の缶詰とかお酒もあるから、あなたのお父さんとお母さんにも伝えてみて。拾った瓦礫と交換してくれるよって」

 添えられていた目録の内容を思い出しながらエステルがそう頼めば、少年は「任せて!」と胸を叩いて一目散に走り出した。

「エステル様、いったい何をなさるんですか?」

 デュカス隊長が恐々とそう聞いてきたので、彼女は新ためて指示を出した。

「デュカス隊長、みんなでこの馬車の中の食べ物を全部下ろしてほしいの。今日中に王家の馬車ごとロータス領に帰るためにね」

 そう指示を出しつつ十分ほど待っていれば、先ほどの子が木桶を抱えてよたよたと戻ってきた。後ろには同じようにバケツに瓦礫を入れた子どもと、手ぶらの子どもたちがいる。

「お姉ちゃん、持ってきたけど……本当にラムネと交換してくれる? 騙されているんだってみんなが言うんだ」

 なるほど、手ぶらで着いてきた子たちはエステルの提案が信じられなかったようだ。胡散臭そうな顔でこちらを睨みつけている。

「嘘なんかじゃないわ。瓦礫をありがとう。はい、約束通りラムネ一個ね。口を開けて」

 子どもたちの汚れた素手に渡すのは衛生上よくなさそうだと、エステルは彼が開けた口にラムネを放り込んだ。口を閉じた彼が喜色満面になる。

「うわぁラムネだ! すっごく久しぶりに食べたよ」
「ねぇ、お姉ちゃん、これも交換してくれるの?」

 バケツを差し出した別の子にも「もちろん」と頷いて、ラムネを与えた。背後で様子を伺っていた子どもたちに声をかけることも忘れない。

「ほら、あなたたちも、急がないとラムネも瓦礫もなくなっちゃうわよ?」

 量の減ったラムネ瓶をカラカラと振ってみせれば、彼らは弾かれたように駆け出した。