あるとき迷い込んだ騎士団の修練所で。騎士の存在を知り、面白がった大人たちに模造の剣を渡され、エステルはたちまち剣術に夢中になった。自分に付き合う形でカークもまた騎士たちと交流するようになった。庭で遊ぶよりも彼らのところに入り浸る日が増え、騎士たちの姿を見聞きしているうちに、身近な彼らの存在がいつしか憧れに変わった。
正騎士となった彼らは、生涯においてただ一人に忠誠の剣を捧げることが許される。その人を守る剣となり盾となり、その人のために戦うことが彼らの誉。現在正騎士となっている者の多くは国王夫妻のどちらかに剣を捧げている。
女であるエステルは騎士にはなれないが、娘に甘い父王の許可もあり剣を習うこと自体は許された。いっぱしの騎士気取りの自分は、剣を捧げるのなら未来の女王たる姉のためと初めから決めていた。若い准騎士や騎士見習いたちの中にも、姉姫であるソフィアの成人を心待ちにしている者が多かった。
「私はお姉様の剣になるわ。妹としてお姉様を剣で支えるのよ」
騎士の誓いを公に立てることができなくても、国のために努力を重ねる聡明な姉のために、自分は得意の剣を極めようと、訓練にも力を入れた。
そしてそれは、エステルだけのことではなかった。
「俺は将来騎士になることに決めた。それで、ソフィア様を守るんだ」
十歳になったカークはそう宣言し、騎士学校を目指す決意を固めた。転機となったのは姉姫ソフィアの偉業だ。九歳という年齢でとある伯爵家の税務記録からその家の不正を暴き、そこから芋蔓式に王都で幅を利かせていた高利貸しの商会が潰れるという事件があった。高利貸しは裏で没落した貴族子女を娼館や他国に売り飛ばして利益を得ていた事実も発覚した。年端もいかぬ王女の手柄は国中でもてはやされることとなったが、そんな中、取り潰しとなった元凶の伯爵家の一派が、逆恨みでソフィア王女を襲撃するという凶行に走った。幸い護衛の騎士の手によって王女は守られたが、ソフィアが襲われた場面に運悪くカークも居合わせた。
目の前で乳兄弟である王女が襲われた出来事が、カークにとっては相当な衝撃だったのだろう。
それまではエステルに付き合う程度の気持ちで騎士団に足を運んでいただけの彼が、このときを境に大きく態度を変えた。騎士学校に入学することを希望し、お遊び感覚でしかなかった訓練にも積極的に取り組むようになった。気楽な妹の立場であるとはいえ、一国の姫であるエステルには決められたスケジュールがあり、一日中騎士団の修練所にいるわけにはいかない。カークはいつでもエステルを優先してエステルと行動をともにしてくれていたのが、空いた時間は別行動をとって、ひとりで修練所に入り浸るようになった。
カークの変化はそれだけではなかった。それまでエステルと二人のときはぞんざいな態度で接してくれていたのが、ソフィアに対するときと同じ、丁寧な言葉遣いで接するようになった。突然できた距離感にエステルは不満で、何度もカークに言葉遣いを元に戻すように頼んだが、カークは首を縦に振らなかった。
二人の距離感が微妙に揺らいだまま時間はあっという間に過ぎ、十三歳になったカークは全寮制の騎士学校に入学するため、ひとり王城を去っていった。
正騎士となった彼らは、生涯においてただ一人に忠誠の剣を捧げることが許される。その人を守る剣となり盾となり、その人のために戦うことが彼らの誉。現在正騎士となっている者の多くは国王夫妻のどちらかに剣を捧げている。
女であるエステルは騎士にはなれないが、娘に甘い父王の許可もあり剣を習うこと自体は許された。いっぱしの騎士気取りの自分は、剣を捧げるのなら未来の女王たる姉のためと初めから決めていた。若い准騎士や騎士見習いたちの中にも、姉姫であるソフィアの成人を心待ちにしている者が多かった。
「私はお姉様の剣になるわ。妹としてお姉様を剣で支えるのよ」
騎士の誓いを公に立てることができなくても、国のために努力を重ねる聡明な姉のために、自分は得意の剣を極めようと、訓練にも力を入れた。
そしてそれは、エステルだけのことではなかった。
「俺は将来騎士になることに決めた。それで、ソフィア様を守るんだ」
十歳になったカークはそう宣言し、騎士学校を目指す決意を固めた。転機となったのは姉姫ソフィアの偉業だ。九歳という年齢でとある伯爵家の税務記録からその家の不正を暴き、そこから芋蔓式に王都で幅を利かせていた高利貸しの商会が潰れるという事件があった。高利貸しは裏で没落した貴族子女を娼館や他国に売り飛ばして利益を得ていた事実も発覚した。年端もいかぬ王女の手柄は国中でもてはやされることとなったが、そんな中、取り潰しとなった元凶の伯爵家の一派が、逆恨みでソフィア王女を襲撃するという凶行に走った。幸い護衛の騎士の手によって王女は守られたが、ソフィアが襲われた場面に運悪くカークも居合わせた。
目の前で乳兄弟である王女が襲われた出来事が、カークにとっては相当な衝撃だったのだろう。
それまではエステルに付き合う程度の気持ちで騎士団に足を運んでいただけの彼が、このときを境に大きく態度を変えた。騎士学校に入学することを希望し、お遊び感覚でしかなかった訓練にも積極的に取り組むようになった。気楽な妹の立場であるとはいえ、一国の姫であるエステルには決められたスケジュールがあり、一日中騎士団の修練所にいるわけにはいかない。カークはいつでもエステルを優先してエステルと行動をともにしてくれていたのが、空いた時間は別行動をとって、ひとりで修練所に入り浸るようになった。
カークの変化はそれだけではなかった。それまでエステルと二人のときはぞんざいな態度で接してくれていたのが、ソフィアに対するときと同じ、丁寧な言葉遣いで接するようになった。突然できた距離感にエステルは不満で、何度もカークに言葉遣いを元に戻すように頼んだが、カークは首を縦に振らなかった。
二人の距離感が微妙に揺らいだまま時間はあっという間に過ぎ、十三歳になったカークは全寮制の騎士学校に入学するため、ひとり王城を去っていった。

