「妹がかねてより思いを交わしていた子爵家の令息に嫁ぐことになりました。まだ十六で早すぎるかとも思いましたが、兄の治療費が戻ってきたことで持参金も捻出できましたし、何よりまた不測の事態に陥って結婚が難しくなる可能性もありうるかと思うと、安定している今のうちにと考えたのです」
十八歳になったユリウスは妹の結婚式に出席するために、二年ぶりに帰郷した。そこで彼の兄スチュアートはユリウスを——朗らかな顔つきで歓待してくれた。
「伯爵家の再興のために領地経営に精を出せたことが、兄にとって生きる活力となったようです。さらに兄は……私に頼られたことが嬉しかったと、そう言ってくれました」
二年もの間病に苦しみ、弟妹に看病されるだけの毎日。やっと克服したと思えば後嗣から外されるという現実。大学進学の夢も絶たれ、それがすべて弟へと譲られる。まるで必要ない人間だと烙印を押されたかのような状況は、兄にとってどれほど絶望的だったか。
父が亡くなったタイミングで発覚した巨額の借財の前に、兄もまた苦しんだのだろう。それが解決した矢先に届いた、弟からの依頼。病に伏しているわけにはいかないと取るもの取らずに戻った兄を待っていたのは、王宮から遣わされた税務管理官だった。
「実は私も長いこと勘違いしていたのですが、管理官の方は女性だったんです。兄より八歳年上の、男爵家出身の離婚歴のある方でした」
女性ながら大学を卒業し、一度は王宮に勤めたものの、実家の圧力に負けて退職し親の言いつけで嫁いだ。だがその後二年間懐妊の兆しがなく、婚家から離縁された経歴のある女性だった。地方へ派遣される管理官は独身者が選ばれやすい。我が家に未婚の娘がいたことも考慮されて、再就職したばかりの彼女が選ばれた。たまたまファーストネームが男性でも女性でもありうる名前だったため、書面のやりとりしかしていなかったユリウスも気づかず、妹の結婚式で発覚した事実に少なからず驚いた。
「その女性の存在も、兄が快方へと向かう大いなる助けとなってくれたようです。その頃の私はいずれ時期がくれば兄に爵位を譲ってもいいと考えていたのですが、本人にあっさりと断られてしまいました。兄は彼女にプロポーズしたいとまで考えるようになっていたんです」
貧乏伯爵家とはいえ当主の嫁ともなれば、それなりなものが求められる。離婚歴があり、かつ子どもが産めぬ可能性があるとなれば、社交界でひどく後ろ指を刺されることになるだろう。自分も事情持ちであるし、彼女をそんな目に合わせたくないと願った兄は、このまま伯爵家当主の補佐としてこの家で雇ってほしいのだと弟に頭を下げた。ユリウスが二つ返事で了承したのは言うまでもない。
「実直な管理官だった彼女は、その後も一管理官として任務を果たし、任期を終えてから職場を退職しました。今はランバート伯爵家当主の兄嫁として、二人で領地を切り盛りしてくれています」
これがこの十年の間にあったランバート家の物語だ。
十八歳になったユリウスは妹の結婚式に出席するために、二年ぶりに帰郷した。そこで彼の兄スチュアートはユリウスを——朗らかな顔つきで歓待してくれた。
「伯爵家の再興のために領地経営に精を出せたことが、兄にとって生きる活力となったようです。さらに兄は……私に頼られたことが嬉しかったと、そう言ってくれました」
二年もの間病に苦しみ、弟妹に看病されるだけの毎日。やっと克服したと思えば後嗣から外されるという現実。大学進学の夢も絶たれ、それがすべて弟へと譲られる。まるで必要ない人間だと烙印を押されたかのような状況は、兄にとってどれほど絶望的だったか。
父が亡くなったタイミングで発覚した巨額の借財の前に、兄もまた苦しんだのだろう。それが解決した矢先に届いた、弟からの依頼。病に伏しているわけにはいかないと取るもの取らずに戻った兄を待っていたのは、王宮から遣わされた税務管理官だった。
「実は私も長いこと勘違いしていたのですが、管理官の方は女性だったんです。兄より八歳年上の、男爵家出身の離婚歴のある方でした」
女性ながら大学を卒業し、一度は王宮に勤めたものの、実家の圧力に負けて退職し親の言いつけで嫁いだ。だがその後二年間懐妊の兆しがなく、婚家から離縁された経歴のある女性だった。地方へ派遣される管理官は独身者が選ばれやすい。我が家に未婚の娘がいたことも考慮されて、再就職したばかりの彼女が選ばれた。たまたまファーストネームが男性でも女性でもありうる名前だったため、書面のやりとりしかしていなかったユリウスも気づかず、妹の結婚式で発覚した事実に少なからず驚いた。
「その女性の存在も、兄が快方へと向かう大いなる助けとなってくれたようです。その頃の私はいずれ時期がくれば兄に爵位を譲ってもいいと考えていたのですが、本人にあっさりと断られてしまいました。兄は彼女にプロポーズしたいとまで考えるようになっていたんです」
貧乏伯爵家とはいえ当主の嫁ともなれば、それなりなものが求められる。離婚歴があり、かつ子どもが産めぬ可能性があるとなれば、社交界でひどく後ろ指を刺されることになるだろう。自分も事情持ちであるし、彼女をそんな目に合わせたくないと願った兄は、このまま伯爵家当主の補佐としてこの家で雇ってほしいのだと弟に頭を下げた。ユリウスが二つ返事で了承したのは言うまでもない。
「実直な管理官だった彼女は、その後も一管理官として任務を果たし、任期を終えてから職場を退職しました。今はランバート伯爵家当主の兄嫁として、二人で領地を切り盛りしてくれています」
これがこの十年の間にあったランバート家の物語だ。

