今となってはわかる。怪我を負ったカークが言った言葉の、本当の意味を。
騎士になって自分に剣を捧げると決めた心に嘘はないだろう。けれどその理由を、ソフィアはあのとき履き違えた。
だからこそ、ソフィアに捧げた聖剣を返納したその手で、彼は妹の手を取ったのだ。
「ソフィア様、大丈夫ですか?」
「え? ……えぇ、何も問題はないわよ」
「そうですか。顔色が優れないように見えたものですから」
言われて言葉の主を見上げた。ひとりの男が、長めの前髪の下から覗く濃紺の瞳を細めて、ソフィアをまっすぐ見ている。
「魔獣暴走の終息で、対策本部の仕事は一応の終わりを迎えました。長たる殿下が多少肩の荷を下ろされても誰も文句は言いませんよ」
「そうはいかないわ。魔獣暴走の終息は喜ばしいことだけれど、やらなければならないことは山のようにあるもの。むしろ、後方で安寧に過ごしていた私たちにとってはこれからが本番よ」
魔獣の王の復活は、英雄となったカークと彼率いる騎士団の活躍のおかげで抑えられた。騎士たちの仕事が終わっても、後処理はこれからが本番だ。荒廃した南部の復興を領主に託そうにも、ロータス領は戦いで唯一の後継を失い、老いた伯爵ひとりに任せるには荷が重すぎた。そうでなくとも国でも有数の穀物庫だった南部の壊滅状態は大きな痛手なのだ。失った騎士や領民の補償も必要だが、必要な資金が湯水のように湧いて出るものでもない。国内のどこかから調達してこなければならず、その穴埋めをいかに柔軟にあてがうかまで考えなければならないとあっては、漂うお祭りムードに酔っている場合ではない。
だからソフィアは今日も執務室に詰めている。それが王太女の勤めだ。失恋の痛手から立ち直っていなかろうと、たとえそのせいで夢見が悪く、碌に睡眠が取れていなかろうと、課された責務から逃れることはできない。むしろ、不眠で曇る頭に荒療治を仕掛けるかのごとく、仕事を詰め込んでやり過ごそうとしていた。
そうしなければ、どうかするとあの日目の前で繰り広げられたカークとエステルの抱擁が思い出されてやりきれない。
眉間を揉む手に力を込めれば、執務室の入り口に人の出入りがあった。ここ二年の緊急事態にあって、扉は常に開け放たれ、誰もが急ぎで入ってくることができるようにしてある。
果たして、姿を見せたのはこの国の宰相その人だった。
騎士になって自分に剣を捧げると決めた心に嘘はないだろう。けれどその理由を、ソフィアはあのとき履き違えた。
だからこそ、ソフィアに捧げた聖剣を返納したその手で、彼は妹の手を取ったのだ。
「ソフィア様、大丈夫ですか?」
「え? ……えぇ、何も問題はないわよ」
「そうですか。顔色が優れないように見えたものですから」
言われて言葉の主を見上げた。ひとりの男が、長めの前髪の下から覗く濃紺の瞳を細めて、ソフィアをまっすぐ見ている。
「魔獣暴走の終息で、対策本部の仕事は一応の終わりを迎えました。長たる殿下が多少肩の荷を下ろされても誰も文句は言いませんよ」
「そうはいかないわ。魔獣暴走の終息は喜ばしいことだけれど、やらなければならないことは山のようにあるもの。むしろ、後方で安寧に過ごしていた私たちにとってはこれからが本番よ」
魔獣の王の復活は、英雄となったカークと彼率いる騎士団の活躍のおかげで抑えられた。騎士たちの仕事が終わっても、後処理はこれからが本番だ。荒廃した南部の復興を領主に託そうにも、ロータス領は戦いで唯一の後継を失い、老いた伯爵ひとりに任せるには荷が重すぎた。そうでなくとも国でも有数の穀物庫だった南部の壊滅状態は大きな痛手なのだ。失った騎士や領民の補償も必要だが、必要な資金が湯水のように湧いて出るものでもない。国内のどこかから調達してこなければならず、その穴埋めをいかに柔軟にあてがうかまで考えなければならないとあっては、漂うお祭りムードに酔っている場合ではない。
だからソフィアは今日も執務室に詰めている。それが王太女の勤めだ。失恋の痛手から立ち直っていなかろうと、たとえそのせいで夢見が悪く、碌に睡眠が取れていなかろうと、課された責務から逃れることはできない。むしろ、不眠で曇る頭に荒療治を仕掛けるかのごとく、仕事を詰め込んでやり過ごそうとしていた。
そうしなければ、どうかするとあの日目の前で繰り広げられたカークとエステルの抱擁が思い出されてやりきれない。
眉間を揉む手に力を込めれば、執務室の入り口に人の出入りがあった。ここ二年の緊急事態にあって、扉は常に開け放たれ、誰もが急ぎで入ってくることができるようにしてある。
果たして、姿を見せたのはこの国の宰相その人だった。

