光を失い、眠りについた聖剣を受け取ったソフィアは、それを父王へと手渡した。国を統べる王は首を垂れる英雄に対し、朗々と宣言した。
「魔獣暴走という国難を救った英雄、カーク・ダンフィルよ。その見事な働きに対し、最大の栄誉を与えよう。まずはそなたに侯爵位を授けることと致す」
「有り難き幸せにございます」
ダンフィル子爵家の次男として、継ぐべき爵位を持たなかった彼に与えられた、高位貴族の称号。それも当然のこと、むしろまだ軽すぎるのではないかと、周囲は期待する。
まずは侯爵位と言った国王の次の言葉を、誰もが待った。ただエステルひとりだけが、耳を塞ぎたい思いに駆られながら奥歯を噛み締めていた。
「さらに、英雄であるダンフィル卿には今後も国の中枢で、魔獣の被害を得た地域の復興を担うことに助力を願いたい」
「勿論にございます」
「ひいては王家とそなたのつながりをより一層強固にするために、我が娘を娶ることを許そうではないか。幸い王家には二人の珠玉の姫がいる。そなたの望む王女を選ぶがよい」
王の言葉に周囲がどよめいた。皆の視線が姉妹に交互に注がれる。
黄金の髪にルビーの瞳を持つ、至高姫と名高いソフィア王太女。
ルヴァイン王国の象徴である緑の髪に、明るい琥珀色の瞳を持った、剣を嗜むエステル姫。
多くの視線に晒されながら、エステルは胸元で手を握りしめた。この10日の間に自分の気持ちに区切りをつけるつもりでいた。お転婆と称されても自分は王女だ。己の拙い思いに蓋をし、姉と恋する人とを祝福するだけの心は、十分持ち合わせているつもりだった。
エステルの初恋は今まさに儚く砕け散ろうとしていた。大勢の耳目が集まる中で、この胸ひとつに育ててきた、空を突き抜けるほどの恋の蔦に、鋭い剣を突き立てて切り落とさなければならない。
(あぁきっと、私はこのために剣を学んできたのね)
男に比べればひ弱な自分の腕でも、ひと思いに切り倒すことができるだろうか。この思いは自分の半身。傷を得て血を流すのは自分の心だ。
けれど傷を負うことなど覚悟の上で剣を持つと決めたのは自分だ。姉姫を守る剣となることを望んだのは、決して生半可な気持ちからではない。
長年の恋心は、この10日間のカウントダウンの間にも消えることはなかった。きっとこの先も消えないのなら、せめて姉と彼の恋を見届けよう。
そう思いながら、胸に当てた拳を解いたとき。
「恐れながら、正騎士カーク・ダンフィルは、ルヴァイン王国の妹姫、エステル王女との婚姻を望みます」
跪いていたカークが顔を上げ、空色の瞳をまっすぐに、ただただエステルを見つめた。
「魔獣暴走という国難を救った英雄、カーク・ダンフィルよ。その見事な働きに対し、最大の栄誉を与えよう。まずはそなたに侯爵位を授けることと致す」
「有り難き幸せにございます」
ダンフィル子爵家の次男として、継ぐべき爵位を持たなかった彼に与えられた、高位貴族の称号。それも当然のこと、むしろまだ軽すぎるのではないかと、周囲は期待する。
まずは侯爵位と言った国王の次の言葉を、誰もが待った。ただエステルひとりだけが、耳を塞ぎたい思いに駆られながら奥歯を噛み締めていた。
「さらに、英雄であるダンフィル卿には今後も国の中枢で、魔獣の被害を得た地域の復興を担うことに助力を願いたい」
「勿論にございます」
「ひいては王家とそなたのつながりをより一層強固にするために、我が娘を娶ることを許そうではないか。幸い王家には二人の珠玉の姫がいる。そなたの望む王女を選ぶがよい」
王の言葉に周囲がどよめいた。皆の視線が姉妹に交互に注がれる。
黄金の髪にルビーの瞳を持つ、至高姫と名高いソフィア王太女。
ルヴァイン王国の象徴である緑の髪に、明るい琥珀色の瞳を持った、剣を嗜むエステル姫。
多くの視線に晒されながら、エステルは胸元で手を握りしめた。この10日の間に自分の気持ちに区切りをつけるつもりでいた。お転婆と称されても自分は王女だ。己の拙い思いに蓋をし、姉と恋する人とを祝福するだけの心は、十分持ち合わせているつもりだった。
エステルの初恋は今まさに儚く砕け散ろうとしていた。大勢の耳目が集まる中で、この胸ひとつに育ててきた、空を突き抜けるほどの恋の蔦に、鋭い剣を突き立てて切り落とさなければならない。
(あぁきっと、私はこのために剣を学んできたのね)
男に比べればひ弱な自分の腕でも、ひと思いに切り倒すことができるだろうか。この思いは自分の半身。傷を得て血を流すのは自分の心だ。
けれど傷を負うことなど覚悟の上で剣を持つと決めたのは自分だ。姉姫を守る剣となることを望んだのは、決して生半可な気持ちからではない。
長年の恋心は、この10日間のカウントダウンの間にも消えることはなかった。きっとこの先も消えないのなら、せめて姉と彼の恋を見届けよう。
そう思いながら、胸に当てた拳を解いたとき。
「恐れながら、正騎士カーク・ダンフィルは、ルヴァイン王国の妹姫、エステル王女との婚姻を望みます」
跪いていたカークが顔を上げ、空色の瞳をまっすぐに、ただただエステルを見つめた。

