魔獣暴走(スタンピード)を殲滅させた英雄カーク・ダンフィルと聖剣、それに彼を支え続けた騎士団は、熱狂的な出迎えの中、凱旋した。パレードの先頭にいるのは二十歳になったカーク、その人だ。

 この二年の間に彼の体躯は一段と逞しくなっていた。けれど澄み切った青空のような瞳だけは変わらない。帰還式に列席していたエステルは、姉姫の前に膝をつく彼を一心に見つめていた。

 二年も姿を見なかったのだ。自分の気持ちはもう彼から離れ、胸の痛みも和らぐのではないかと思っていた。

 けれどそんなことはなかった。彼への思いは空へと伸びる蔓のようにただ真っ直ぐに、今なお育ち続けるばかりだ。

 嬉しさと、ほんの少しの痛みを抱くエステルの前で、カークは聖剣をソフィアに返納した。役目を終えた聖剣は聖なる光を失い、普通よりも豪奢な剣といった(おもむき)を見せるだけだった。

 受け取ったソフィアが声を震わせる。

「聖剣と英雄であるカーク・ダンフィル卿、それに騎士団の皆様方の帰還を心から祝います。……戻ってきてくれてありがとう」

 この二年の彼らの戦いの情報は最優先で王城に届けられていた。英雄がいるとはいえ戦況は決して楽なものではなく、むしろ過酷な日々の連続だった。南部の都市は魔獣に蹂躙され壊滅状態に陥り、戦線は一進一退の様相を見せた。戦う騎士や巻き込まれた領民の中には、身体の一部を失った者、心を病んだ者、遺体となって戻ってきた者や、遺品しか残されなかった者も多くいる。

 劣悪な状況の中、聖剣と聖なる光をまとったカークは、騎士たちの長として国民の希望として、逃げることなく怯むことなく剣を振い続けたそうだ。彼がいたからこそ討伐隊は戦意を喪失することなく奮起し、彼がいたからこそ魔獣の王は倒され、ルヴァイン王国は救われた。

 そんな英雄に、国はどのようにして報いるべきか。魔獣との戦いに勝利したそのときから、国の中枢で検討されてきた最優先事項。

 この二年の間、適齢期を迎えていた姉姫ソフィアは、婚約者の選定を保留にしていた。魔獣との戦いに敗れれば国が滅びるのだ。未曾有の国難を抱えた状態で、自身の婚姻の話など進められるはずもない。他国からの申し出にはそのような理由を述べてすべて断りを入れている。

 さらに二年に渡る魔獣の討伐に係る戦費は、途方も無い額に上っていた。壊滅状態に陥った南部の復興に割く予算もはかりしれない。さりとて勇猛果敢に戦った騎士たちへの褒賞や、負傷者・遺族への手当を惜しむわけにもいかない。

 しばらくは緊縮予算が敷かれることになるだろう。国民の生活にも皺寄せがいくことになる。彼らが抱く不満を逸すためにも、誰もが熱狂するような慶事が必要だ。

 たとえば、英雄と王女との婚姻。それも、英雄が乞う形でなされれば最適だ。

 話題の英雄と王家との結びつきは、国と国民の心をひとつにし、来るべき厳しい時代にも立ち向かう勇気と熱意を生み出すことだろう。

 そんな策略の元に流布された噂は、当然エステルの耳にも入っていた。