そのまま季節は過ぎ、無事大学を卒業したソフィアにそろそろ王配の選定をという声が大きくなり始めた矢先、南の領地で魔獣暴走(スタンピード)が発生した。

 国宝たる聖剣が輝きを増し、そして聖剣は、英雄に准騎士カーク・ダンフィルを選んだ。

 准騎士が英雄に選定されるのは異例のこと。しかしカークはあと二ヶ月で成人し、正騎士への昇格も間違いなしと言われていた逸材だ。聖剣の選択は騎士団内でも好意的に受け止められていた。

 魔獣討伐に待ったなしの状況で、即座に英雄に出動してもらうために、前倒しでカークの正騎士の叙任式が開かれることになった。この日はさすがのエステルもドレス姿で列席した。

 正騎士の叙任式では、国王陛下から剣を賜ることになっている。カークの場合、それに加えて聖剣の貸与式も同時に行われることになった。本来であれば国王が執り行うべき一連の儀式は、この日、王太女であるソフィアに委ねられた。魔獣暴走(スタンピード)の発生の知らせに急遽立ち上げられた対策本部の長にソフィアが任命されたことを受けての、こちらも異例の抜擢だった。

 グレーの准騎士の隊服から、ダークグリーンの正騎士のそれへと衣装を変えたカークは、ソフィアから騎士の剣を受け取り、続けて聖剣を授けられた。

 まばゆい光をまとわせた聖剣が鞘ごとカークの手に渡った途端、聖剣の光が彼自身をも取り巻いた。立ち上る光は、聖剣を手渡すソフィアにも降り注ぐ。

 カークは聖剣を受け取ったその手で、すぐさま鞘からそれを引き抜いた。再び跪き、柄の部分をソフィアへと向け、剣先を自身の胸へと当てる。

 正騎士に許される、剣を捧げる儀式だと、誰もが理解するのと同時に目を見張った。ただの騎士の剣ではない、国宝である聖剣を、王太女であるソフィアに捧げたのだ。

 剣を捧げる儀式は、何も正騎士の叙勲の際に行わなければならないものではない。騎士自身がこの人のためにと決めたとき、自由に誓うことが許されている。捧げられる相手は生涯にひとりきり。

 その貴重な機会を、カークは英雄として立ったこの場で、ソフィアを相手に選んで捧げた。

「ルヴァイン王国王立騎士団正騎士、カーク・ダンフィルは、この剣をソフィア王太女殿下に捧げます。生涯に渡り貴女様に忠誠を誓い、貴女様の剣として誇り高く戦います」

 彼の熱意を汲んだかのように聖剣の光が一際大きく揺らめいた。カークから立ち上る光は、そのままソフィアの身体も包み込んだ。一対の荘厳な彫刻(レリーフ)のごとき光景に、その場にいたすべての者が万雷の拍手でもって祝福した。

「あなたの剣と忠誠を受け取ります。カーク・ダンフィル卿、この国難にはあなたの力が必要です。そして必ずやその忠誠を携えたまま、再び私の元に戻ってくるよう、命じます」

 ソフィアの呼吸が珍しく震えていたことを、すぐ傍にいたエステルだけが気づいていた。

 聖剣は魔獣を斬ることができる唯一の剣。故にカークが身を投じる戦いの場所は、魔獣が蠢く最前線だ。誰よりも前に立ち、誰よりも多く剣を振るわねばならない彼には、誰よりも危険な任務が課されるということ。

 それを命じねばらない姉の心の痛みはいかほどか。ただ立っているだけの役割で許されたエステルですら、身が裂かれそうなほど辛いのに。

 慌ただしく出立の準備がなされる騎士団の修練所へ、叙任式が終わってすぐに駆け出さずにはいられなかった。慣れない長い裾のドレスと、履き慣れないヒール靴が煩わしかった。けれど着替える間も惜しいのだ。なぜならカークたちはすぐに城を発ってしまう。

 父王から与えられた黒馬の最終の手入れをしていたカークを見つけるのに、それほど時間はかからなかった。