ついに5月。
新入生の部活体験の日がやってきた。
私のホルンパートは、去年の入部が少なくて、2年生がいない。
だから、今年は私が最上級生。
いつも以上に張り切っていた。
去年は、あゆか先輩がいて、ささっと進めてくれた。
でも今年は、私が全部やる。
あたふたしながらも、なんとか進めていく。
緊張している一年生のために、 人見知りだけど、頑張って話しかけた。
「ホルンって、音がまるくてきれいなんだよ」
「最初は難しいけど、吹けるようになると楽しいよ」
中には、私よりもロングトーンが出せる“天才ちゃん”もいて、 ほぼ全員がピアノ経験者。
クラリネット経験者までいて、
「え、みんなすごすぎ…!」
って、内心めちゃくちゃ驚いた。
でも、そんな一年生たちに囲まれて、 なんだか嬉しくて、誇らしくて、 ちょっとだけ先輩になれた気がした。
一週間の部活見学は、あっという間に終わった。
放課後、廊下が静まり返った頃、詩妃と私は、教室に呼び出された。
「昭和じじい」いわゆる、年配の担任の先生と、去年の私の担任が並んで立っていた。
「お待たせしてしまい、すみません」
昭和じじいが、いつも通りの敬語で話す。
その言葉に、私たちは少し身構えながら尋ねた。
「なんのよびだしですか?」
去年の担任が、少し言いづらそうに口を開いた。
「あの……弥簔さんから相談されていまして。 ふたりが、同じクラスにならなくてよかったね、と言っていたのを聞いたそうで……。 それで、不安だと、言われました」
その瞬間、私と詩妃は、言葉を失った。
——は?
一瞬、時間が止まったようだった。
顔を見合わせると、詩妃も固まっていた。
何を言われているのか、理解するのに数秒かかった。
「……それって、私たちが悪いってことですか?」
詩妃が、静かに、でも確かに怒りを含んだ声で言った。
先生たちは、言葉を濁した。
「いや、そういうわけでは……ただ、誤解があるようなので……」
誤解?
何を、どう誤解しているのか。
茄知子と弥簔との関係が悪化していたのは事実だった。
でも、それは私が起こしたことでなく、双子の二人の勘違いから始まったものだった。
それなのに、まるで私たち二人がいじめたみたいに扱われるのは、納得できなかった。
「あの、私たち、そんなこといっていないです、」
あ、、あのとき?少し、思い当たることがあった。
私も、詩妃も、2年間、合唱コンでの伴奏者としてやってきた。
伴奏者が同じクラスになれることは少ないから、去年の10月ごろ、「私と、詩妃が同じクラスじゃなくてよかったね」みたいなことは言った。
でも、言い方悪いけれど、双子の二人が、悪いように勝手にとらえただけ。
すべて、私たちは、隠さず話した。
そしたら、先生も、
「あ、、なるほど、、、、はい」
という感じで、納得した感じだった。
それに、私は、安心したけれど、そのあと、先生からの驚きの言葉が聞こえた。
「あの二人は、そういう特性をお持ちですから、なんとか、やってください。ではこれで。」
「さようなら、部活頑張ってください、いひひ」
と先生は、仕方ないという風な笑顔を作り、私たちを見送った。
またまた、耳を疑った。
は? 特性だからってなんもしてくれないわけ?
もやもやが残るなと思って、詩妃に本音をぶつけると、詩妃も同じ思いだったらしく、信じらんない!!と怒っていた。
——私たちは、何か間違っていたのかな。
結局、もやもやも晴れないまま、部活に走っていった。
ついに 新入生の正式入部の日。
音楽室の前には、たくさんの一年生が並んでいた。
「やばい♡めっちゃ人数多いね!」
思わず口に出してしまうほど、去年とは比べものにならないほどの賑やかさ。
去年は人数が少なくて、小編成でしかコンクールに出られなかった。
それだけで、みんなの目がキラキラしていた。
入部が決まっても、私たちは大忙し。
楽器決めが始まるからだ。
見学のときに体験した楽器の感触と、もう一度マウスピースを吹いてもらって、 先生たちがその子に合った楽器を決めていく。
桜田先生は、「その子と楽器の相性を見るよ」と言っていて、 私はその考え方、ちょっといいな、うらやましいなと思っていた。
崎原先生は、完全に「好きな楽器で決める派」で、わたしは勝手にホルンになってしまった。
まあ、今ではホルンが好きだから別にもう思ってることはないけど。
マウスピースは3つしかなくて、たくさんいる一年生に回すのは一苦労。
一人終わるたびに洗って、次の子へ。
ホルンパートは私ひとりだったから、ユーフォの芽衣歌に手伝ってもらって、 汗だくになりながらなんとか終えた。
走って洗いに行ったせいで、くたくた。
でも、なんだか達成感があったし、ついに先輩になるんだなと心構えができた。
そして後日。
先生が一人ずつ、楽器の発表をしていった。
ホルンパートには、星音ちゃんが来た。
クラリネット経験者らしいけど、金管に入りたかったらしい。
髪はふんわりしたくせ毛で、柔らかい雰囲気。
でも、話してみると意外と元気で、フレンドリー。
しかも、めっちゃ礼儀正しくて、私はちょっと感動した。
「やばいな…私、こんなに先輩に話せなかったし」 心の中で、そっとつぶやいた。
星音ちゃんの笑顔を見ながら、 私は、ちゃんと“先輩”になれるかなって、少しだけ不安になった。
でも、ホルンの音を一緒に出せる日が来るのが、 今はただ、楽しみだった。
星音ちゃんとの練習が、ついに始まった。
ホルンパートに後輩ができたのは、嬉しいけれど、
「私、あゆか先輩ってどう教えてもらってたっけ…?」
そんなふうに、戸惑いの連続だった。
初めての合奏の日。
星音ちゃんは、呑み込みが早くて、言ったことをすぐに直してくれた。
その姿に、少しだけ安心した。
でも、私たち3年生は、7月で引退になる。
2年生がいないホルンパートは、私が抜けたら、教える人がいなくなってしまう。
「どうしたら、ちゃんと伝えられるんだろう」 たくさん考えて、工夫した。
口で何度も伝えること。
気をつけるポイントを紙に書いて渡すこと。
練習の合間に、ちょっとしたコツをメモにして渡したりもした。
同じく2年生がいないユーフォの芽衣歌も、焦っていた。
だから、アイデアを出し合って、一年生に教える日々が続いた。
すっごく大変だった。
でも、星音ちゃんが「ありがとうございます!」って笑ってくれると、 その疲れも、少しだけ報われた気がした。
そんな中、吹奏楽フェスティバル――略して“吹ふぇす”が近づいてきた。
何万回っていうくらい擦りまくった曲で出ることになっていて、 練習は本格的に忙しくなっていった。
さらに、コンクールという一大イベントも迫っていた。
その準備も始まり、私たち3年生は、演奏に集中しなければならなくなった。
そのせいで、星音ちゃんたち一年生の練習を見る時間が、 少しずつ減っていった。
「あと何回、教えられるんだろう」 そう思うと、時間の少なさが恐ろしく思えてきた。
新入生の部活体験の日がやってきた。
私のホルンパートは、去年の入部が少なくて、2年生がいない。
だから、今年は私が最上級生。
いつも以上に張り切っていた。
去年は、あゆか先輩がいて、ささっと進めてくれた。
でも今年は、私が全部やる。
あたふたしながらも、なんとか進めていく。
緊張している一年生のために、 人見知りだけど、頑張って話しかけた。
「ホルンって、音がまるくてきれいなんだよ」
「最初は難しいけど、吹けるようになると楽しいよ」
中には、私よりもロングトーンが出せる“天才ちゃん”もいて、 ほぼ全員がピアノ経験者。
クラリネット経験者までいて、
「え、みんなすごすぎ…!」
って、内心めちゃくちゃ驚いた。
でも、そんな一年生たちに囲まれて、 なんだか嬉しくて、誇らしくて、 ちょっとだけ先輩になれた気がした。
一週間の部活見学は、あっという間に終わった。
放課後、廊下が静まり返った頃、詩妃と私は、教室に呼び出された。
「昭和じじい」いわゆる、年配の担任の先生と、去年の私の担任が並んで立っていた。
「お待たせしてしまい、すみません」
昭和じじいが、いつも通りの敬語で話す。
その言葉に、私たちは少し身構えながら尋ねた。
「なんのよびだしですか?」
去年の担任が、少し言いづらそうに口を開いた。
「あの……弥簔さんから相談されていまして。 ふたりが、同じクラスにならなくてよかったね、と言っていたのを聞いたそうで……。 それで、不安だと、言われました」
その瞬間、私と詩妃は、言葉を失った。
——は?
一瞬、時間が止まったようだった。
顔を見合わせると、詩妃も固まっていた。
何を言われているのか、理解するのに数秒かかった。
「……それって、私たちが悪いってことですか?」
詩妃が、静かに、でも確かに怒りを含んだ声で言った。
先生たちは、言葉を濁した。
「いや、そういうわけでは……ただ、誤解があるようなので……」
誤解?
何を、どう誤解しているのか。
茄知子と弥簔との関係が悪化していたのは事実だった。
でも、それは私が起こしたことでなく、双子の二人の勘違いから始まったものだった。
それなのに、まるで私たち二人がいじめたみたいに扱われるのは、納得できなかった。
「あの、私たち、そんなこといっていないです、」
あ、、あのとき?少し、思い当たることがあった。
私も、詩妃も、2年間、合唱コンでの伴奏者としてやってきた。
伴奏者が同じクラスになれることは少ないから、去年の10月ごろ、「私と、詩妃が同じクラスじゃなくてよかったね」みたいなことは言った。
でも、言い方悪いけれど、双子の二人が、悪いように勝手にとらえただけ。
すべて、私たちは、隠さず話した。
そしたら、先生も、
「あ、、なるほど、、、、はい」
という感じで、納得した感じだった。
それに、私は、安心したけれど、そのあと、先生からの驚きの言葉が聞こえた。
「あの二人は、そういう特性をお持ちですから、なんとか、やってください。ではこれで。」
「さようなら、部活頑張ってください、いひひ」
と先生は、仕方ないという風な笑顔を作り、私たちを見送った。
またまた、耳を疑った。
は? 特性だからってなんもしてくれないわけ?
もやもやが残るなと思って、詩妃に本音をぶつけると、詩妃も同じ思いだったらしく、信じらんない!!と怒っていた。
——私たちは、何か間違っていたのかな。
結局、もやもやも晴れないまま、部活に走っていった。
ついに 新入生の正式入部の日。
音楽室の前には、たくさんの一年生が並んでいた。
「やばい♡めっちゃ人数多いね!」
思わず口に出してしまうほど、去年とは比べものにならないほどの賑やかさ。
去年は人数が少なくて、小編成でしかコンクールに出られなかった。
それだけで、みんなの目がキラキラしていた。
入部が決まっても、私たちは大忙し。
楽器決めが始まるからだ。
見学のときに体験した楽器の感触と、もう一度マウスピースを吹いてもらって、 先生たちがその子に合った楽器を決めていく。
桜田先生は、「その子と楽器の相性を見るよ」と言っていて、 私はその考え方、ちょっといいな、うらやましいなと思っていた。
崎原先生は、完全に「好きな楽器で決める派」で、わたしは勝手にホルンになってしまった。
まあ、今ではホルンが好きだから別にもう思ってることはないけど。
マウスピースは3つしかなくて、たくさんいる一年生に回すのは一苦労。
一人終わるたびに洗って、次の子へ。
ホルンパートは私ひとりだったから、ユーフォの芽衣歌に手伝ってもらって、 汗だくになりながらなんとか終えた。
走って洗いに行ったせいで、くたくた。
でも、なんだか達成感があったし、ついに先輩になるんだなと心構えができた。
そして後日。
先生が一人ずつ、楽器の発表をしていった。
ホルンパートには、星音ちゃんが来た。
クラリネット経験者らしいけど、金管に入りたかったらしい。
髪はふんわりしたくせ毛で、柔らかい雰囲気。
でも、話してみると意外と元気で、フレンドリー。
しかも、めっちゃ礼儀正しくて、私はちょっと感動した。
「やばいな…私、こんなに先輩に話せなかったし」 心の中で、そっとつぶやいた。
星音ちゃんの笑顔を見ながら、 私は、ちゃんと“先輩”になれるかなって、少しだけ不安になった。
でも、ホルンの音を一緒に出せる日が来るのが、 今はただ、楽しみだった。
星音ちゃんとの練習が、ついに始まった。
ホルンパートに後輩ができたのは、嬉しいけれど、
「私、あゆか先輩ってどう教えてもらってたっけ…?」
そんなふうに、戸惑いの連続だった。
初めての合奏の日。
星音ちゃんは、呑み込みが早くて、言ったことをすぐに直してくれた。
その姿に、少しだけ安心した。
でも、私たち3年生は、7月で引退になる。
2年生がいないホルンパートは、私が抜けたら、教える人がいなくなってしまう。
「どうしたら、ちゃんと伝えられるんだろう」 たくさん考えて、工夫した。
口で何度も伝えること。
気をつけるポイントを紙に書いて渡すこと。
練習の合間に、ちょっとしたコツをメモにして渡したりもした。
同じく2年生がいないユーフォの芽衣歌も、焦っていた。
だから、アイデアを出し合って、一年生に教える日々が続いた。
すっごく大変だった。
でも、星音ちゃんが「ありがとうございます!」って笑ってくれると、 その疲れも、少しだけ報われた気がした。
そんな中、吹奏楽フェスティバル――略して“吹ふぇす”が近づいてきた。
何万回っていうくらい擦りまくった曲で出ることになっていて、 練習は本格的に忙しくなっていった。
さらに、コンクールという一大イベントも迫っていた。
その準備も始まり、私たち3年生は、演奏に集中しなければならなくなった。
そのせいで、星音ちゃんたち一年生の練習を見る時間が、 少しずつ減っていった。
「あと何回、教えられるんだろう」 そう思うと、時間の少なさが恐ろしく思えてきた。


