いつか、桜の季節に 出逢えたら

夕方になり、リビングのソファで年末特番を観ている。

キッチンの方から鼻歌が聞こえてくる。
母が明日の準備をしているのだろうか。

手伝いを申し出たが、病み上がりだからと手伝わせてくれない。
記憶がない以外は、何てことはないのに。

「そろそろ、年越し蕎麦を食べましょうか」

母が呼びかけると、父と私がテーブルに集まる。
目の前には、大きなエビの天ぷらがのっている、美味しそうなお蕎麦。

「あの……お兄さんは?」

母は、困った顔でため息をついた。

「あの子は、しばらく部屋に籠るからいらないって。さっきコンビニで買ったものでも食べてるのかしらね。まったく、困った子だわ」

ーーせっかくお母さんが作ってくれたのに。

「こんなに美味しいのに。食べないなんてもったいないです。私、呼んできますね」

急いで二階へかけ上がる。

コンコン。

「お兄さん、みんなで年越し蕎麦を食べませんかぁ?」

ーー反応がない。

寝ているのかな?
まさか、無視か?
だったら、そうはいかないよ!

「お兄さーん、お蕎麦がありますよー。出てきて下さーい」

コンコン。

ーー無反応。
こうなったら、出てくるまでやってやろう。

コンコンコンコンコンコン……。


「あーもう、うるさいな。わかったよ……」

兄は心の底から面倒くさそうに、しぶしぶと部屋から出て来た。


「いいじゃん。お父さんとお母さん、喜ぶよ?」

付き合いの悪い兄を父と母の元へ連行できて、私は満足感でニコニコだ。

「……お前さ、性格が変わってない?」

兄が欠伸をしながら階下に降りていき、私はその後をついて行く。

「そうなの?」

ーー私はもともと、こういう性格だと思うんだけど。

「ほとんどしゃべらなかったし、親にも反抗的だったしさ」

「ふーん?」

不思議に思いつつ、兄をテーブルに誘導し、座らせることに成功した。


「お母さん、年越し蕎麦、もう1杯お願いします」

「はい、はい」

母はふふっと笑い、蕎麦のつゆを温め直し、麺を茹で始めた。


「絵梨花、変わったな……頭でも打ったんじゃないか? ちゃんと調べてもらったか?」

父が冗談めかして言う。
あの時の、今にも消えそうだった父とは思えない。

「そうなの。絵梨花ちゃんが前よりずっと明るくなって、お母さん、びっくりしちゃった。焦らず、少しずつ思い出していけばいいのよ」

父と母が笑い合い、和やかな雰囲気のまま、時が過ぎていく。

テレビ番組の中で、今、まさに今日から明日に変わろうとしている。
新年の始まりを告げる鐘の音が、人々の喜びと期待と共に、鳴り響いた。