いつか、桜の季節に 出逢えたら

「久しぶり」

後ろから、聞き覚えのあるような声がした。

振り向くと、ついこの前まで一緒にいた人の、面影のある男性が立っていた。
ーー色素の薄い髪と瞳の。

「……なん……で……」


なんでここに紫苑がいるの?
YUKARIさんと待ち合わせしてるんだけど?
ーーまさか。

「だって……声、女の子だったよ?」

「ボイスチェンジャー使ってました……ごめん。最初は文字だけでいいと思ってたけど、実際に話してみたくなって……」


「……いつから、知ってたの?」

「最初は知らなかったよ。でも、同じ武器を使ってたし、立ち回りのタイミングも、わざわざ自作の挨拶文を使うのも、あなたに似てるなとは、思ってた」

初めから、一緒に遊んでいて楽しかった。
そう、初めて遊ぶとは思えないほどに。

「大学二年の時にオフ会があって、行くかどうか迷ったけど、どうしても確認がしたくて、遠目に見たことはあるよ。ゲーム内のキャラにそっくりで、あの頃と同じ仕草をするあなたを見つけて、多分そうなんだろうと思った」

ーー五年前には、私を見つけてくれていたの?

「見た目は違うけど、あなたの全てが可愛いなって思った。声をかけたかったけど、約束を破るわけにはいかないから、せめて親友キャラになって近い存在でいようとしたんだよ」

ーー今まで、一度もオフ会で会えなかったのは、紫苑が約束を守ってくれていたからだったんだね。

「その後に、例の感染症が蔓延したから、なんとなく疎遠になって。でも、今年、新作が出るってことでオフ会が開かれたんだよね。この時期に事故で来れなかったってことは、やっぱり本人なんだと確信した」

ーーどうしよう。
好きすぎて、まともに顔が見られない。

「あの……女の子だと思って、いろいろ相談してしまって……」

「おかげで、俺、八年前より、あなたのことをよく知ってるよ」

あの頃と同じ、優しい声。


「……ごめん。恥ずかしくて、何て言ったらいいのか……」

赤面しながら、両手で顔を隠すしかできない。


「そういうとこ、可愛いと思います」

紫苑が、私の頭にポンと手を乗せる。
年相応に大人っぽくなっているから、混乱する。


「やっと、触れられた」

少年のように無邪気に笑う紫苑が、あの頃みたいにかわいくて、さらに混乱してしまう。


ーーそれよりも、最大の謎が残っている。

「なんで YUKARI なの? 私の名前、ゆかりっていうの、教えてなかったよね?」

「あなたの名前は、今、初めて知った」


「……じゃあ、なんで……」

「知らないの? 紫苑の紫は、ゆかりと読んで、縁という意味もあるんだよ」


思い出した。
"縁があったらまた逢える"ーーそう言った自分を。

「……そっか」


土手の上から、河川敷を見下ろす。

「ほら、あのベンチのところ見て」

紫苑が指差した、懐かしいあのベンチには、八年前より少しだけ年齢を重ねた仲睦まじい夫婦が座っている。

「あれから毎年、絵梨花の写真を持って、家族で花見に来ているんだよ。二人とも、絵梨花のことを忘れていないよ」

「……うん」

涙が止めどなく流れる。
嬉しくて、顔を両手で覆いながら頷いた。

私が、2016年12月25日にあの世界に行った意味は、”家族の思い出の場所を悲しい場所にしたくなかった”、絵梨花の願いを叶えるためだったのかもしれない。


ふいに、紫苑が真面目な顔をして、私に言う。

「これから、あなたがやりたいことは、俺が全力でサポートします。だから、あなたの一生分の時間を、全部、俺に下さい」


私は、彼の胸に顔をうずめて両手で抱きしめる。
ずっと、こうしていたかった。

「……はい」

私の時間、私の全部、いくらでもあげる。
紫苑、私と出逢ってくれてーーありがとう。


顔を上げて、微笑み合う。
紫苑が、涙がこぼれる私の右頬に優しく触れる。

春風に舞い上がる桜吹雪の中、
私たちは、初めてのキスをした。