いつか、桜の季節に 出逢えたら

入院中の私は、記憶を取り戻そうと足掻いていた。
そう、兄が持ってきてくれた、このスマホで。

暗証番号なんて、覚えているはずがない。
このままではロック解除ができないと途方に暮れたが、触れてみると指紋認証であっさり解除できた。

スマホは、個人情報の塊と言っても過言ではない。
私の全てが、ここにあるはずだ。

さて、こちらのスマホから推察される私の人物像はというとーー

スケジュールアプリやメモ機能をしっかり使っていることから、几帳面な性格。
ーーうん、なんとなくわかる。

写真はたくさんあるけど、写っている人が少ないから、交友関係は狭いようだ。
ーーこれも、わからないことはない……かな?
それにしても、私が、あまり楽しくなさそうなのはなぜだろう。

たまに、兄の隠し撮りみたいなのがある。ブレているけど。
ーーこれは、なぜ?

そして、ねこをコレクションして愛でるゲームアプリ。
ーー命をかけても猫を救いたいほどの猫好きということだろうか。
これは、よくわかる。


ズラリと並んだアプリの中から、メッセージアプリのLIMEを開いた。

クラスのグループ。
ーーこれは、単なる連絡網的かな?

友達グループ。
ーー数人の仲良しグループなのかな?
それにしては、私の発言はほとんどない。
遠慮でもしていたのだろうか。

兄とやりとりをした形跡も、ない。
ーー家族なのに、変なの。


雨宮(あまみや)莉々(りり)
ーーこの子とだけ、個別にやりとりをしている。


*****

莉々:紫苑(しおん)くんと一緒に帰りたいんだけど
   絵梨花が誘って                                

絵梨花:無理だよ

莉々:協力してくれるって言ったじゃん

絵梨花:自分で誘えばいいじゃん

莉々:莉々から誘うとか、できるわけない

絵梨花:それは、私もできないよ

莉々:親友でしょ?
   莉々ができないの、わかるでしょ?
   お願い!

絵梨花:莉々の頼みでも、ごめん、無理

*****


ふぅん、この莉々って子と仲が良いのか。
兄の隠し撮りは、この子のために撮ってあげようとしたのかな。

自分から声を掛けられない内気な女の子が、我が兄との仲を取り持って欲しいと言っている。
だけど、それを私が断っているということ?

そうか、私と兄は仲が悪いのか。
だからあの時、変な感じだったのだ。

莉々ちゃん、私が仲を取り持ってあげるよ。
それには、兄と友好的な人間関係を築かなければならないな。

莉々ちゃんに返事をしてあげたいけど、記憶がないから何て言っていいのかわからない。
この冬休み中もLIMEは来ていたけど、もう見ないようにしている。
既読スルーは、気分を悪くさせるだろうし。
未読のままにしておいた方が、何か理由があると察してくれるかもしれない。

ーーそれとも、記憶喪失のことを言う?
でも、その後の対応をできる気がしないから、やっぱり思い出すまで待っていてもらおう。