いつか、桜の季節に 出逢えたら

今日の昼には母が帰ってくるはずだけど、私たちは学校に行かなければならない。
昨夜のことがあって、とても気まずい。

「おはよ」

「……おはよ」


紫苑が朝食まで作ってくれていた。
本当に優しい。

「……俺、先に行くから」

「……あ、うん」


紫苑が出て行った後、テーブルに突っ伏して、ため息をつく。

絵梨花として、妹として消えなくてはならないのに。
私がこんな気持ちになってしまってーーどうしたらいいのだろう。
あと一ヶ月もないのに。


テーブルに、小さなメモが置いてあった。

『昨日はごめん』

それより小さな文字で

『でも、好きなのは変わらないから』


「……私も、好きなんだよ」


朝食を食べ食器を洗い、一人で登校する。
いつも隣にいる人がいないだけで、こんなに寂しくなるなんて。


授業中、いつもはすんなり吸収できる内容なのに、ちっとも頭に入らない。
内容が右から左へと素通りしているみたい。

調理実習では鍋を焦がし(いつものことだが)、体育では突き指をした。


「絵梨花、どうしたの?」

鞠が心配そうにのぞきこむ。


「あはは、なんだか寝不足なの……鞠ちゃん、友達になってくれて、本当にありがとうね。鞠のおかげで、毎日、楽しかったよ」

「どしたの? 絵梨花がおかしくなっちゃった!」


ーー本当に、私はおかしくなっちゃってるよ。
短い間だけど、ありがとう。感謝しかないよ。


放課後、いつもなら待っててくれている紫苑がいない。
一人ぼっちの帰り道、涙が出てきた。


「絵梨花」

振り向くと、藤川くんがいた。
ーーこんな時に、また面倒なやつに会ってしまった。

「なにその、あからさまに面倒な顔。……ていうか、なんで泣いてんの?」

「放っておいてください」

ーーなんでついてくるのよ。


「兄と喧嘩でもした?」

「放っておいてってば」

どこまでもついてくる。


「知ってる? 絵梨花は俺と付き合ってることになってるの」

「誰が流した噂か知らないけど、嘘はやめて欲しいよね」


「俺は嬉しいけどね」

「訂正して下さいよ」


「……女泣かすような男より、俺にしとけよ。俺の方が優秀だし?」

「……泣かされてない」

と言ってる間にも、涙がこぼれる。


「やっぱり、兄のこと好きじゃん」

「……そうだよ。私は兄のことが好きなんだよ。悪い?」

胸の中に押し込めていた気持ちが、ついにあふれ出した。


「悪くないけど。最初から言えばいいのに。俺は他のやつに惚れてる女には、手を出さないことに決めてんの。もし兄にフラれたら、俺が慰めてやるよ」

「……藤川くんって、いい人だったんだね」

「今頃知ったの? 俺は全力で真っ直ぐに生きてるだけの男よ?」

「あはは。ごめん、超しつこいだけの男だと思ってたよ」

最寄りの駅まで、二人で笑いながら歩いた。


これを紫苑が見たら、どう思うだろう。
また心配させてしまうかな。
嫉妬してくれるかな。

紫苑のためには、誤解されたままの方がいいのかもしれない。
だけど、やっぱり誤解はされたくないよ。
本当は、大好きだよって伝えたい。
私のこと、ずっと好きなままでいて欲しい。

大人のくせに、私はなんて身勝手なのだろう。
こんな自分なんて、大嫌い。

出会わなければ、こんな気持ちになることはなかったのに。

ーーそうだ、最初から出会わなければよかったんだよ。