いつか、桜の季節に 出逢えたら

このルーチンも、もうすぐ終わりかと思うと寂しいな。
せっかく仲良くなれたのに。
毎日、楽しかったな。

「じゃ、勉強しよっか」

今まで紫苑がつまづいてきた部分は、一通りできるようになった。
私がいなくなっても、この調子で受験まで頑張って欲しい。

問題を解いている途中、紫苑が口を開いた。

「あのさ……」

「ん? どこかわからない?」


「……俺じゃ、ダメなの?」

「何が?」


「藤川避け」

「あの噂のことなら間違いだって言うし、気にしてないよ」


「俺が気になるんだよ」

「そうは言ってもねぇ……まったく、心配性な兄なんだから」


今日の勉強タイムはここまでいいかなーー
私はペンや消しゴムなどを片付け始める。

その時、紫苑が私の右手首を掴んだ。
消しゴムが床に落ちて転がる。


「まだわかんねぇの? 俺は、お前のことが好きなんだよ」

紫苑が真剣な顔で見つめるから、目を逸らしてしまった。
自分の顔がどんどん熱くなるのがわかる。

「……だって、妹だし……」

「俺の中じゃ、もうとっくに妹なんかじゃないよ。一緒にいると楽しいし、何をするのもかわいい。他の男に渡したくないし、俺だけのものにしたい」

紫苑からの告白が、嬉しかった。
私も同じ気持ちだから。
認めたくなくて、見ないふりをしていただけ。


「……嫌?」

紫苑の優しい手が、私の頬に触れる。

「……嫌……じゃ……ない……」

紫苑の息がかかるほど近付いて、目を逸らせなくなる。
君が望むなら、私の全部をあげたって構わない。
ーーだけど。

「……ごめん……私じゃ、ダメなんだよ」

いつの間にか、涙がこぼれていた。
私は君に、何もしてあげれない。
こんな気持ち、知りたくなかった。


「ごめんなさい」

紫苑を押しのけ、急いで部屋を出た。



絵梨花の部屋に戻っても、胸の鼓動がおさまらない。
いつもさりげなく優しい紫苑のこと、私も好きだよ。
毎日楽しかったのは、私の方だよ。

おかしいな、大人のくせに。

私も好きって言えたら、どんなに楽だろう。
でも、この体は、絵梨花のものだ。
それに、もうすぐこの世界から消えてしまう。
紫苑と別れることがーー苦しい。


「猫又さん」

「何にゃ?」

現れた猫又は、太い尻尾をゆっくりと揺らしながら、窓辺に横になっている。

「もし、過去の私が進路変更をしたら、どうなると思う?」

「どうなるかは知らないにゃ。教師になってないんなら、オイラのマブダチ神サンの社には行ってないし、オイラに会うことも、事故に遭ってもないだろ? 別の場所で幸せに暮らしていたかもしれないし、もっと早くに死んでた未来もあったかもしれないにゃ」

未来が変われば、私は紫苑に出会うことなく、別の人生を送ることができるだろうか。
心をかき乱されることのない、平穏な毎日をーー送れていただろうか。