いつか、桜の季節に 出逢えたら

ようやく自宅に到着。

「ただいまぁ」


家の中が暗い。

いつもは、家にいるはずの母の姿がない。
母も、この雨に足止めされているのだろうか。

「うわ、さっむい!」

急いで暖房をつける。


「ほら、とりあえずタオル」

「ありがと」

紫苑がくれたタオルで、濡れた部分を拭く。
ジャケットを脱ぐと、濡れたシャツが肌に張りついて少し透けた。


「こら、こんなところで脱ぐな。風呂行け、風呂」

紫苑が追い払うように手で払う。


「私より紫苑くんの方が濡れてるから。お先にどうぞ」

「いや、いいから」


「いや、だって…」

「俺は、後でいいから」


「じゃあ、一緒に入……」

ーーって、なんてこと言ってるんだ、私!
傘じゃないんだから!

そして、紫苑も、なんでそこで黙ってるの!

「……じゃあ、お先に、失礼しま〜す……」

気まずさに耐えられず、私の方が折れた。


シャワーを浴びながら、一人、恥ずかしさで爆発しそうになる。
これも、絵梨花の体の影響だろうか。
そうだ、そうに違いない。
大人なんだから、しっかりしなきゃいけないのに。

部屋着に着替えてリビングに戻ると、冷え切っていた部屋がすっかり暖かくなっていた。

「ごめんね、お待たせ」

紫苑の前では、何事もなかったかのように平静を装う。


「はいはい、待ちましたよ。一緒に入れば良かったね?」

紫苑も、何てことないように笑っている。


「もー、冗談、言わないでってば」

漏れ出る気まずさを隠しながら、あはは……と、笑って合っているところに、母が帰宅した。

「えっ? 紫苑、びしょ濡れじゃない! ちょっと、なにこの床! びちゃびちゃ! ほら、早くお風呂に行きなさい!……あら、絵梨花ちゃんはちゃんとしてるのね、偉いわ〜」

母が、紫苑を追い立てるように、お風呂場に押し込めた。


ーー翌日。

案の定、紫苑が風邪を引いた。
微熱はあるが、今日一日行けば明日は休みだから、多少無理しても大丈夫だと、紫苑は言う。

「……本当に、大丈夫?」

「俺としたことが……だっせぇ」

紫苑の綺麗な顔が、半分ほどマスクに覆われている。
少しだけ声がかすれているようだが、それ以外に症状はなさそうだ。

「だから、先に入れば良かったのに……」


「……え? 一緒に風呂に入りたかったって?」

「……もう許してください……」


考えてみると、絵梨花の体は死んでいるのだから、風邪なんか引かなかったのではないか。
動揺のあまり冷静な判断を欠いてしまったことが、悔やまれる。

「無理しないでね。手伝って欲しいことがあったら、言ってね?」

「はいはい」


「ていうか、今日くらい、休んでも良かったんじゃ……」

「また、藤川に追いかけられたらどうすんだよ。でもまぁ、お前が風邪を引かなくて、よかったよ」

その声のトーンから、紫苑が優しく笑っていることがわかった。

ーーどうか、この心配性の風邪が、早くよくなりますように。