いつか、桜の季節に 出逢えたら

「絵梨花、今帰り?」

振り向くと、藤川くんが立っていた。

「……あの、何か?」

気分を害さない程度に、にっこり笑顔で答える。

ーーなんなの? 次から次へと。


「いつも兄と一緒でしょ? 一人なら一緒に帰らない?」

「急いでいるので……」

早足で帰るも、運動部の藤川くんに追いつかれる。


「俺、一度欲しいと思ったものは、絶対に諦めないよ?」

ーー何それ、怖っ!
こっちは自己肯定感が高すぎる。

「だって、私なんか、藤川くんには合わないですよ」


足が自然と速くなっていく。
けれど、現役運動部のスタミナにかなうわけがない。

「絵梨花、もしかして兄のこと、好きなの?」

「……違いますって!」


「なら、いいじゃん。俺、兄より優秀だぜ?」

「そういうことじゃなくって!」

ーー私は、絵梨花じゃないし、大人だし、もうすぐ消えるから。
誰かと付き合うとか、できないから!


「ばいばい」

駅に駆け込み、いつもは乗らない電車に乗った。
どうにか巻くことに成功した。


*****


無駄に駅の移動をしたせいで、いつもより帰宅が遅くなった。

夕飯とお風呂などを済ませ、紫苑の部屋で勉強をする。

「今日、帰るの遅くなかった?」

「あー、莉々と、藤川くんが……」


紫苑の肩が、ピクリと動いた気がした。

「藤川が、何の用なんだよ」

俯いてたままだけど、少し機嫌が悪くなったのは、なんとなくわかる。


「なんか追いかけてくるから、逃げちゃった」

私が笑うと、紫苑がため息をついた。

「藤川のやつ、しつけぇな。明日からは、俺が一緒に帰るから」

「……ありがとう」

莉々と藤川くんが変なこと言うからーー。
紫苑に心配かけちゃってるじゃん。

ーー心配?
いや、妹として、家族として、心配しているだけだから。


ふと、紫苑の答案を見ると、やり方を間違えている問題を見つけた。

「そこ、やり方違うよ?」

「ん? そう?」


消しゴムを取ろうとした時、私の手の上に、紫苑の手が重なった。
私の指の間に、紫苑の指が絡まる。

「えっと……?」

ーー顔が上げられない。
紫苑の顔を見ることが、できない。


「……あ、今日は、もう疲れちゃった。ごめん、また明日ね!」

ーーたまたま!
たまたまなのに。
紫苑は高校生で、私は大人なのに。
こんなことで動揺するとか、今日は本当にどうにかしてる。

私は、動揺を隠すかのように笑って、紫苑の部屋を後にした。