いつか、桜の季節に 出逢えたら

ーーその時。

「絵梨花」

声の先には、紫苑がいた。

「母さんが、今すぐ帰って来いって、さっき連絡きた」

「え、お母さんが?藤川くん、ごめんね。みんなにも言っといて。さよなら」

「ほら、行くぞ」

紫苑が私の手首を掴み、急いで店を後にする。


紫苑に手首を掴まれたまま、自宅への道を二人歩いていく。
紫苑は、何もしゃべらない。

「お母さん、何があったんだろうね?」

「……あれは、嘘」

「嘘?」

「だって、お前、困ってたよね?」

「あははっ、藤川くんがあんなこと言うなんて、どうしたもんかと思ったよ。本当の私のことなんて、何も知らないのにね?」

いつかの紫苑が言っていた言葉を、まさか自分が言うことになるなんて思ってもみなかった。


手を引いて前を歩いていた紫苑が、振り返る。

「……あと、何か隠してない?」


紫苑の心配そうな眼差しに、ドキリとした。

「……何もないけど?」

言えるわけないよーーこんなこと。


「俺にも、言えないこと……?」

掴んでいた手首を離し、紫苑が私を見つめている。

今後どうするか決めきれてないのに、無駄に心配をかけたくない。


「心配してくれて、ありがとう。夜中にゲームやりすぎて、ちょっと寝不足なだけだよ」

精一杯、笑ってみせた。


……………。

沈黙が流れる。


「それより! さっき、絵梨花って呼んだよね? お前じゃなくて、ついに絵梨花って呼んだよね?」

気まずい雰囲気を消したくて、わざとおどけて言ってみる。


「……だって、あれは、名前呼ぶしかなかっただろ! 区別として!」

赤面しながらムキになって弁明する紫苑。
私にだけ見せてくれる表情に、少しだけ嬉しくなる。

「……あと、みんなで勉強会もいいかもしれないけど、俺とゲームしたり勉強する時間が減るだろうが」

小声で言ってるけど、しっかり聞こえてるよ。
私は、紫苑にとって必要な人にーーなれているのかな。

「もう、しょうがないなぁ。そんなに私と一緒にゲームと勉強がしたいのかぁ。紫苑くんがそう言うなら、これからは、今まで以上に入り浸らせていただきます!」

「……いつでもどうぞ」

紫苑と笑い合い、二人並んで家に帰る。
幸せって、こういうことを言うんだなーーそう思った。