いつか、桜の季節に 出逢えたら

バイトを始めて、早5日目。

金曜日ということもあり、いつもにも増してお客さんが多い。
目の回るような忙しさの中、酔っ払いグループの席にお酒を運ぶことになった。

「お姉さん、いくつ?」

「すみません、お答えできません」

「若いねぇ」

酔っ払いの手が、一瞬お尻に触れた。
その瞬間、持っていたジョッキを落としそうになったが、こぼすと迷惑になると思って堪える。

「お客様〜、やめてください〜(怒)」

苦笑いでかわすも、その瞬間、何かを思い出した。


ーーあ、こんなことが、昔、あったような気がする。
いつ? どこで?
飲食店のバイトなんて、したことないのに。

おじさんーー酔っ払い?ーーセクハラ? パワハラ?
何だか嫌な気持ちが頭の中をぐるぐる回る。

「……おい!」

ハッと気付くと、紫苑が私の右手首を掴んでいた。

「……えっ? 何?」

「もうお前、皿洗いだけでいいから」

「え? なんで?」

放心状態で、何のことを言われているのか、わからなかった。

「あの客のことは叔父さんに言っといたから。後は、もう裏でいいって」

あの客?
ーーあぁ、セクハラおじさんのことか。

「わかった」


ーーあれ? さっき?
嫌な感情トリップで固まっていた時、
紫苑が「お客様、やめてください」と、私をここまで引っ張って連れてきてくれたような?
ぼんやりしていたから、定かではないけれど。

後は、やや放心状態のまま皿を洗い続けて、バイトが終わった。


「紫苑くん、今日、ありがとね」

「……別に。酔っ払いには俺が行くべきだったと思っただけだし。……やっぱり、もう辞めたら?」

なんだかんだ言っても、優しい兄なんだよね。


「辞めないよ。ここまできたら最後までやるよ。次に変なお客さんが来たら全部任せるから、よろしくね」

「いや、それも面倒なんだよ……」


新しいバイトが入ったので、私たちの闘いは、9日間で終わった。
ささやかなるバイト代と共に、紫苑とは、同じ困難に立ち向かった戦友のような関係が築けたーーと思う。