いつか、桜の季節に 出逢えたら

「あ、そうだ。紫苑、叔父さんとこのバイトが辞めて人手不足だっていうから、手伝いに来てって言ってたわよ」

学校から帰ると、母が紫苑に声をかけた。

「……わかった」

紫苑が無表情のまま淡々と答える。


「何? バイトするの?」

「……だから、なんで帰宅早々、俺の部屋にいるわけ?」

「いいじゃん、どうせ後でゲームと勉強するんだし。……で、バイトするの?」

紫苑のベッドでゲームをしながら尋ねる。


「母さんの兄……叔父さんが飲食店やってて、バイトが辞めたから、次が見つかるまで代わりに手伝うの。短期だしバイト代も入るから、行ける時に行ってるだけ」

面倒くさそうに上着をハンガーにかける。


「学校帰りにバイトに行っちゃうの?」

「そうなるね」

「ゲームする時間、減っちゃうね」

「まぁ、バイトするからゲーム買えたりもするんで、頼まれたら行きますよ、俺は」

「じゃあ、私もバイトするよ」

「はぁ?」

「来たるべきハンモン拡張版を、自分で稼いだお金で買う。あと、おやつなども少々……」

「別に、叔父さんに頼んでやってもいいけど、想像してるのとは違うと思うよ……」


*****


バイト初日。

紫苑に連れられて行ったお店は、昔ながらの居酒屋といった感じだった。


「紫苑くん、ありがとうね。すぐ次のバイト決めるから、しばらくお願いねー。あ、絵梨花ちゃんも久しぶり。手伝ってくれるの? ありがとねー」

紫苑の叔父さんは、接客業にピッタリの明るいノリの人だった。
さすがはこの家系の遺伝子、おじさんなのにイケメンだ。

ということで。

更衣室で制服(……といっても、お店のロゴ入りTシャツなのだが)に着替える。


飲食店といえば、かわいい制服のウェイトレスを想像していたのだけれど、ここはまるで体育系の部活のようだ。


別にそれが不満というわけではないけど。
確かに想像とは違ったよーー紫苑くん。

メニューが多い!
そして、今時、注文を取ったら紙に書くタイプのオーダー。

できた料理をテーブルに運び、清算と言われたら、レジを打つ。
なにこれ、忙しすぎるでしょ。

私は、飲食店でのバイトをしたことがない。これははっきりとわかる。
こんなにしっくりこないことなんて、ないもの。

たまにオーダーをミスったり、酔っ払いに絡まれたりしながら、初日は終わった。


「……想像以上に忙しかったぁ……」

いつもは動かさない筋肉を酷使したせいか、歩くのも辛い。

「ほら、言ったろ……お前、体弱いんだから。別に辞めてもいいんじゃない?」

心配してくれているようだ。

「いやだ。やると決めたことを1日で辞めるとか、私のプライドが許さない。忙しかったけど、なんか楽しかったから、明日も頑張るよ」

ジョッキを運びすぎてガクガクになっている右手で、かろうじてピース。


「以前のお前だったら、バイトどころか接客すらできなかったよね。本当、人が変わりすぎてて笑うんだけど」

いつもの無表情とは別人のように笑う紫苑を見て、私もちょっと嬉しくなった。


「……今日は、もうゲームできないね」

これだけは、とても残念だと思った。