それはギルバートと向かい合って座り、休憩がてらのティータイムをとっていた時のことだ。

「そういえば、この間カノンに会ったよ」

ラースは軽い話題作りのつもりで、ギルバートに告げた。

ギルバートは自分の下で働く者の名前は全て覚えているようなタイプだ。
前に少しだけ名前が上がったカノンのことも覚えてはいるだろう、と。

「……カノンに?」

“カノン”その名前を聞いたギルバートは、ピクリと反応しカップをテーブルに置いた。

予想よりもいい反応を見せたギルバートに、俄然興味を引かれたラースは話を続ける。

「そう。歌姫様お付き最後のひとりのあの子。
初めてまともに会って話したけど……俺に全然靡かなくてさ。
あの子、面白いね」

「……そうか」

短く言葉を返すギルバートは、何を考えているのか分からない顔をしている。

しかし長年の付き合いで、これは何かあると察したラース。
半ばカマをかけるように、軽口を装って続けた。

「ああいう子ほど燃えるっていうかさ……オトしてみたくなるよね」

「―――彼女に手を出すな」

それは、唸るような低い声だった。
凄みを感じさせる鋭い眼光がラースを居抜き、ゾッと背筋が寒くなる。

まさかギルバートがこんな顔をするなんて。
これはどう見ても、ただの侍女に対する態度ではない。


ラースは驚きを隠せないまま、ギルバートに問う。

「カノンは、ギルバートにとっての何なの?」

ギルバートが、グッと言葉に詰まる。
ラースを射抜いていた視線が、迷うように逸らされた。

「……今は、彼女との関係に名前をつけることはできない」

ギルバートは苦々しい顔でそう呟いた後、再びラースに真っ直ぐな視線を向ける。

「だが、いくらラースだろうと軽い気持ちでカノンに言い寄ることは許さない」

そうか、とラースは思う。

求めていた歌姫には出会えなかった。
けれどギルバートの“運命”は、すぐ近くにあるのかもしれないと。