竜王の歌姫

断った? (歌姫)の誘いを?
格下国の王子ごときが?

「ラシエルの歌姫様に手を出すなんて恐れ多い」

なんだ、そんな理由?

「その歌姫がいいって言ってるのよ?
……ほら」

ラースの態度にしびれを切らしたルーシーは、掴んでいたラースの手を自らの胸に触れさせる。

「無理なものは無理なんだよね」

しかしラースは、するりとルーシーの拘束から抜け出した。

ここまでお膳立てしてやったっていうのに……!
自分の誘いが断られた。
その事実がルーシーのプライドを傷つける。

「……っ、アンタ一体何様のつもり?
所詮アンタの国なんて、ラシエルに逆らえる程の力もないくせに」

取り繕っていた上辺を脱ぎ捨てて、ルーシーは本性をあらわにする。

「歌姫には、アンタのとこみたいな歌姫がいない国へ歌いに行ってあげるっていう仕事があるの、知ってるでしょ?
私が歌いに行かなかったら……アンタの国はさぞ困るんじゃない?」

これまで飄々としていたラースの表情が変わったことに、ニッと口角を釣り上げるルーシー。

「……さすが、“そう”じゃない歌姫だな」

ラースの呟きに、ルーシーは「は?」と眉根を寄せる。

「その発言は、軽口では到底済まされない。
国同士の問題として扱うことになるけど、その覚悟は当然あるんだよね」

微笑を携えていたはずのラースの顔から表情が消える。

「そんなの……」

当然よ。そう返そうとするも、自身が謹慎中の身であったことを思い出して言葉に詰まるルーシー。
同時にルーシーのことを拒絶し、“今後の身の振り方を考えろ”と警告してきたギルバートの姿も蘇る。

ラースは底冷えするような瞳で、ルーシーのことを見ていた。

「もしくは今すぐにここから去るなら、今夜のことは全てなかったことにしてあげる。……さあ、どうする?」

この男に舐められたまま言いなりになるのは癪だった。
けれど今、これ以上の問題を起こすのはまずいということも分かる。

「……言われなくても、さっさと出ていくわよこんなとこ……っ」

「そう? じゃあさようなら」

また飄々とした態度に戻り、ひらりと手を振って見せるラース。

そんなラースのことを、ルーシーが睨みつける。


「アンタ、いつか後悔するからね」

捨て台詞を吐いてから、ルーシーは荒々しくラースの部屋から去っていくのだった。