竜王の歌姫

ある日、何やら騎士団の方が騒がしいことに気づいたカノンは、人垣に紛れるようにして様子を伺う。

「髪型、似合ってる……カッコいいよ」

「ありがとう。マーガレットの髪も可愛い。
……また惚れ直した」

聞こえてきた甘い会話に視線を向ける。
そこでは侍女のマーガレットと、若手の騎士が見つめ合っていた。
2人は最近想いが通じ合ったばかりの恋人同士だった。

「あ……」

カノンの視線に気づいた2人は、気恥ずかしそうにお互いから少し距離をとる。
マーガレットはニアを通じて親しくなった侍女の1人だった。

空気を変えるように、マーガレットが声をかけてくる。

「カノンも髪を切りにきたの?」

(髪……?)

顔にはてなを浮かべるカノンを見て、「ああ」とマーガレットが声を上げる。

「そういえば、カノンは初めてだったっけ。
城勤めをしていると、髪を整えてもらう機会も少なくなるでしょ。
特に騎士団なんかは無頓着だから、こうして定期的に専属の人が来てくれるの」

マーガレットにつられて周囲を見ると、確かに髪型がこざっぱりした人が多いようだった。
その中には見覚えのない風貌の人も数名いて、彼らがその理容師なのだろう。

「私たちも、事前に申請しておけば切って貰えるのよ。
今回は私も彼と一緒にお願いしたんだ。ね」

そう言って顔を見合わせるマーガレットと若手騎士。
微笑ましい様子に、カノンも頬を緩ませる。

「ただ先着順だから、人気の人はすぐに埋まっちゃうんだけど。
あそこにいるケインさんなんかがそうね」

マーガレットの視線を追いかけて顔を向ける。
ケインは大柄だがどこか中性的な雰囲気の男だった。
近くの人と談笑する姿をぼんやりと眺めていたカノン。
しかし急に振り向いたケインとばっちり目があった。

(え、あ……こっちに来る……!?)