竜王の歌姫

「……今度の歌姫様は、扱いに困るな……」

隣でミドルがそう苦笑いをする。
主従以前に気心の知れた仲であるミドルは、プライベートな場においては、こうして少し砕けた口調になる。

「そうだな」
そんなミドルに同意するギルバート。

「ラシエルの歌姫様といえば、心優しく周囲から愛される存在だとばかりだと思っていたけどね」
意外だとばかりにラースが呟く。

ラースとギルバートは、幼い頃から交流を持っていた。
そんな2人は、国同士の関係を飛び越えて、親友のように互いを慕う関係でもあった。

「……少なくとも、歴代歌姫たちは“そう”だったんだ」

歴代歌姫たちは、ラースの言う“心優しく周囲から愛される存在”であったと断言できる。
だからこそ自然と、歌姫は“そういうもの”だと考えていた節があった。

「でもここにきて、“そう”じゃないのが出てきちゃったってわけだ」

眉根を寄せるギルバートのことを、面白そうにラースが覗き込む。

「……笑い事じゃないぞ」

「それは分かってるけど、ラブコールに押されてるギルバートを見るのって何だか新鮮で」

尚も忍び笑いをするラースのことを、じろりとギルバートが見つめる。


2人の話を聞いていたミドルが「それに加えて」と口を開く。

「付き人として連れてきたあの2人も中々のものだよ。
聞くところによると、歌姫様に付き従うばかりで、侍女の仕事はまるでしていないとか」

それどころか先ほどのように、ラースやミドルなどの美形で地位のある者に色目を使う始末。

「ああ、やっぱりそういう子たちなんだ。
嫌ぁな目してたもんね」

ラースが納得したように頷く。

人当たりの良い笑顔の下で、ラースは相手の本質を推し量っている。
そして自分が認めた相手にしか、決して心を開こうとはしないのだ。

「でも残る1人だけは、唯一まともに仕事をこなしているみたいだ。
ほら、前に話した……」

「“声の出ない少女“?」

そう尋ね返せば、ミドルがああと頷く。

「そう。確かに彼女だけは、歌姫様のそばについていない」

「そうだな……」

ギルバートが思い浮かべるのは、中庭で相対した少女の姿。
あの時に感じた胸のざわめきを、まだ覚えている。


「……なあ、彼女の名前は何と言うんだ?」

「名前? 確か“カノン”といったはずだよ」


―――カノン。
その3文字を、ギルバートは心の中で反芻した。