竜王の歌姫

ギルバートに会うのは、この間の中庭の一件以来だ。
緊張感からカノンは肩を強張らせる。

「―――カノン」

不意に呼ばれた名前に、心臓が跳ねた。

「この間は聞けなかったが……君はカノンというんだな」

自分のような末端の名前も覚えていてくれるなんて。
恐れ多いけれど、嬉しい。そんな気持ちが広がった。

足を崩して座り込んだギルバートの黒髪が、風を受けて小さく揺れる。

「ここは……静かでいいな。落ち着くよ」

そう呟いたギルバートは、何だか少し疲れているように見えて。
いかなる時もルーシーが押しかけて付き纏うから、ギルバートは気が休まる時がないだろうと
侍女たちが噂していたのをカノンは思い出した。

(それなら、せめて今だけでも寛いでいって欲しい)

「今は休憩中か?」

「そうか。何か困ったことはないか?」

ギルバートの問いかけに、カノンは頷いたり首を振ったりする。それが数回続いた後、静寂が訪れた。
お互いに口を閉ざしたまま、ゆったりと時が流れていく。

けれどカノンには、沈黙が苦には感じなかった。
あんなに緊張していたはずなのに、ギルバートがそばにいるこの空間を居心地良く感じている自分がいることに気づく。



時計塔の鐘が鳴り響いたことで、穏やかな時間にも終わりが訪れる。

「……そろそろ戻らなければな」

そう言って立ち上がったギルバートが、カノンに視線を向ける。

「君は明日もここにいるのか?」

カノンの中で、ここは休憩中定番の場所となりつつあったから、ギルバートの問いに頷く。

「それなら、俺もまたここに来ていいだろうか」

(また、ここに……?)

驚いたけれど、ギルバートからの要望を断ることなんてできない。カノンはまた頷く。
するとギルバートは嬉しそうに目を細めた。

「じゃあ、また明日……ここで」

立ち去っていくギルバートの背中を見送るカノン。

また明日もあの人(ギルバート)に会える。
そう思うと、心が温かくなるのを感じた。