竜王の歌姫

やっと体調が戻った時には、あのいけすかないフォーゲルの王子(ラース)は国に帰っていた。

ルーシーが意図的にラースの治療を拒否したことは、かなり問題視されたらしい。
より一層ルーシーの評判は下がったし、有力者会議とやらに呼び出された時には老人共から散々説教もされた。

そんなこと言ったって、どの道私は歌えなかったし。
竜王の妻の座が手に入ってこそ、歌姫をやる意味があるって思うのも当たり前じゃない?

そんな中、ギルバートからルーシーにある提案が持ちかけられた。

それは、歌姫による治療を“仕事”として契約化すること。

仕事である以上、歌が必要となった際の拒否は許されない。
その代わり、仕事に対しての報酬が支払われる。

これまでは歌姫に対する特別予算が組まれていて、その中からドレスや装飾品を購入していた。
しかし、歌姫のための予算とはいえ、ルーシーが散財するがゆえに目くじらを立てられていた。

歌姫に支払われる報酬があれば、遥かに使える額は多くなる。
何より、契約化が済めばルーシーを正式に歌姫として認定する手続きを進めるという。

歌姫の認定は、ルーシーにとって何より大切なことだった。

この歌の力がある限り、ルーシーの地位が脅かされることはないはずだ。
けれど根底には、いつでも恐怖心のような何かがこびりついていた。

耳の奥では、もう何年も聴いていないはずのあの声。
―――カノンの歌声が、聴こえてくるようで。

「……うるさい!」

耳障りなそれをかき消すように、ティーカップを床に投げ捨てた。

「……いいわ。契約、しようじゃない」

渡された契約書にサインするため、ルーシーはペンを手に取る。

契約上に、ギルバートとの関係に関することが何も含まれていなかった点には不満が残るが、
まあ、歌姫と認定されてしまえばこっちのものだ。

歌姫として長くを共にするうちに、ギルバートだって己に相応しい存在がルーシーしかいないことに気づくだろう。