竜王の歌姫

ラースたちを見送った後。

「少し話したい」
そう言われて、カノンはギルバートと共にいつもの裏庭にやって来た。

大樹の下で、ギルバートが立ち止まる。

「……カノン」

カノンも同じように立ち止まって、ギルバートを見上げた。

「ラースから、君をフォーゲルに連れて行くと言われた時は焦ったよ」

暖かな木漏れ日に包まれる中、ギルバートが静かに切り出す。
その胸元には、カノンの贈ったブローチが煌めいていた。

「その時俺は―――君と離れたくないと強く思った」

風が吹き抜けて、木の葉がさざめく。

次の瞬間、カノンはギルバートに抱き寄せられていた。

「カノンがこの国に残ることを選んでくれてよかった。
……ありがとう」

逞しい腕の中にすっぽりと包まれて、耳元で低く優しい声がする。

(……私、いま……)

ギルバートに抱きしめられている。
それを理解した瞬間体は固まり、心臓が早鐘を打ち始めた。

「……カノン」

名前を呼ばれて、そろそろと顔を上げた。
きっと今、カノンの顔は真っ赤に染まっていることだろう。

ギルバートは、大切な宝物を見つめるような瞳でカノンを見ていた。

こんな風に見つめられたら、勘違いしてしまいそうになる。

「君とこうして過ごす時間があるだけでいいと思っていた。
けれどもう―――それだけでは足りそうにない」

歌姫の存在がある限り、叶わない願いだと思っていた。

ギルバートの指先が、カノンの髪に触れる。
ギルバートに貰ったあの日から、いつもつけている髪飾り。
それを見て、ギルバートは嬉しそうに目を細めた。

「君に伝えたいことがある。
……だが、今のままでは準備が足りない。
全てを整えて、必ず君に伝えに来る」

(私と同じ気持ちだと、そう自惚れてもいいのだろうか)

「だからそれまで、もう少し待っていてくれないか」

真剣な目をしたギルバートに、カノンもコクリと頷いてみせた。