それを解決できるただ1人が、竜王の歌姫と呼ばれる存在なのだ。

竜王の歌姫は、その歌声で空気中や竜人の身体に蓄積された瘴気を浄化する力がある。

そして、竜王は歌姫と共に生きることで、その力を増すのだとされている。
そのために、竜王の歌姫はその妃の座に収まることが慣習と考えられていた。

元はと言えば神殿も、そんな竜王の花嫁を発掘するために作られた場所だ。
神殿に入れた娘が竜王の歌姫に選ばれれば、その親族たちまでも莫大な恩恵を受けられる。
そうでなくとも、候補となる娘を神殿に捧げた時点で多額の金を手にすることができた。
そのため、積極的に娘を神殿に入れようとするものは多かった。

神殿に入れるのは12歳から。そしてカノンももうすぐ12歳になる。

「お父さんとお母さんは、わたしが神殿にいったほうがうれしい?」

だからカノンは、そう両親に問いかけたことがある。
一度神殿に入ったら、両親の元には戻れない。それが神殿の常識だ。

大好きなお父さんとお母さんと、離れなきゃいけないなんて、いやだ。
でも……そうすれば2人は喜ぶの?

不安げに瞳を揺らすカノンに、両親は優しく微笑みかける。

「神殿に入ることは、もちろん名誉なことだ。
けれどお父さんたちは、どんな名誉よりも、カノンと一緒に暮らせる今の生活が大切だ」

「お母さんの一番の幸せは、カノンのそばにいられることよ」

カノンは両親のもとに飛び込んだ。

「うん……! わたしもお父さんとお母さんと、ずっと一緒にいたい!」

幸せだった。こんな幸せが、いつまでも続くと思っていた。
―――あの事件が起こるまでは。