竜王の歌姫

ぐっしょりと汗をかいていた上の服を脱がせ、濡らしたタオルで丁寧に拭いていく。
今カノンにできるのはこれくらいしかないから、せめて少しでもラースに楽になって欲しかった。

「ありがと……」

こんな状況でも笑ってこちらを気遣おうとする、そんな姿に胸が痛んだ。

カノンの足元には、ラースから抜け落ちた羽が数多も散らばっている。
鳥人のラースがこのまま瘴気の影響を受け続けたら、やがてこの翼は腐り落ちてしまうのだという。
そして二度と飛べなくなって、狂化の末に死に至る……そんな最悪の未来を、想像するだけでゾッとする。

(大丈夫……もうすぐ治療薬がくるはず。
あと少し、あと少しの辛抱だから……)

苦しむラースを前に、カノンはただ治療薬の到着を待ち侘びることしかできなかった。

―――けれど。

そんなカノンに届いたのは、信じられない知らせだった。

「何だって!?
輸送隊が……襲われた!?」

輸送隊が道中で、何者かの襲撃を受けてほぼ壊滅状態の上、治療薬も奪われた。
自国の王子の危機に駆けつけるために組まれた精鋭たちが、どこぞのゴロツキなどにやられるはずがない。
それでいて、まるで予めこちらの情報を知っていたかのような襲撃。
明らかな異常事態だった。

そしてそれはつまり―――ラースの元に治療薬が届かないということ。

ラースの症状は、悪化の一途を辿っている。
再度治療薬が届くのを待とうにも、その頃には恐らく手遅れだ。
治療薬は、狂化が本格的に始まってしまってからでは効果がないのだ。

そして、ルーシーは未だ目を覚まさない。

つまり、ラースを助ける手段が絶たれたということ。

(……そんな……)

治療薬を待ち望んでいたのは皆同じだった。

これまでずっとラースに仕えてきた、鳥人侍女の2人。
気丈に振る舞っていた彼女たちが「どうして」と涙を流す。

(このままじゃラース様は……)

カノンの心にも絶望が広がる。

「―――皆、落ち着け」

混沌とした空気の中に、凛とした声が響いた。
皆が縋るようにその声の主、ギルバートを見つめる。

そんな中で、ギルバートは力強く言い放った。

「大丈夫だ―――俺が何とかする」