ここは……?

 気づくと私は、暗闇の中でフワフワと身体を浮かせていた。その暗闇の先に、うっすらと輝いている光が見える。私の身体は、その光の場所へと流されているようだ。

 ——あ、そうだ。私、死んじゃったんだ。

 さっきの彼……そういや名前も聞いていなかった彼に、私の体をあげたんだった。ということはきっと、ここは死後の世界なんだろう……

桜庭(さくらば)眞白(ましろ)さんだね」

 光の方から声が聞こえてくる。姿は見えないけど、人間ならきっと渋いオジサンに違いない。

「はっ、はい、そうです。わ、私……死んだんですよね?」

「うーん、それがね……眞白さんはまだ死んじゃいないんだよ。魂だけが宙ぶらりんになっているというか。なかなか特殊な例なんだけど」

「ど、どういう意味ですか……? 痛みもなく死ねるって言われたから、男の人と取引をしたんですけど……だ、騙されたんでしょうか、私……?」

「彼はルーメアという星の人間でね。彼が眞白さんを騙すつもりだったのか、そうじゃなかったのかは私には分からない。ただ、どちらにしても眞白さんには地球に戻ってもらわないといけないんだ。こちらとしては、死んでいない魂を受け入れるわけにはいかないからね」

「で、でも、私の体はルーメアとかいう星の人にあげちゃったんですけど」

「もちろん、新しい体はこちらで用意するよ。地球じゃ、体なしでは生きていくことが出来ないからね。——じゃ、新しい身体について一つずつ希望を聞いていこうか。まず、男と女どちらがいい?」

「お、男と女!? 私は全くの別人として生きていくということ?」

「そりゃそうさ。桜庭眞白さんは実在してるんだから、新しい人間を作らないといけない。——沢山項目があるんだから、どんどん答えていってくれないと」

 渋い声のオジサンは、少し怖い感じでそう言った。

「はっ、はい! じゃ、じゃあ、男で……」

「はい、性別は男と……次、年齢は?」

 そんな調子で、私はオジサンの問いに答え続けた。

 そして最終的に出来上がったのは、東雲(しののめ)悠真(ゆうま)という男子高校生。身長186センチのイケメンで、住まいは憧れだった駅直結のタワーマンション。

 新たな人生を歩めるんだ。私は盛りに盛った、男子高校生を作り上げた。

「……せっかくやり直せるっていうのに、また同じ高校に通うのか。年齢や住む国だって変えてもいいんだぞ。どうしてまた?」

「元の体の桜庭眞白が心配で……近くで見ておきたいなって思って」

「なるほどね……まあ、過去にもそういう人はいるにはいたが」

「わっ、私が初めてじゃないってことですか!?」

「時々、今回のようなルーメア人が現れるんだよ。最近でいうと、500年くらい前だったかな」

 ご、500年前って……それより、こっちの感覚では、500年前は最近のことなんだ……

「それじゃ、地球に送り返すよ。心の準備はいいか?」

「もっ、もうですか!? 聞きたいこと、山程あるんですけど!」

「私も暇じゃないんだ。一つだけなら聞こう。なんだね?」

 ひっ、ひとつだけ……!? ど、どうしよう……

「こ、この場所のことって、人に話しても大丈夫なんでしょうか!?」

「大丈夫だよ。ただ、さっきも言ったけど、君の前に同じ経験をしたのは500年前の人間だ。現在では同じ経験をした人なんていないから、頭がおかしい人と思われて終わるだろうけどね。——じゃ、次は自分の命を大事にするんだよ」

 渋い声のオジサンがそう言うと、私の意識は静かに遠のいていった。