「で? あの人何」
そう聞かれて、パッと腕を離した。
朝陽の顔が、見られない。
「あー……今勤務してる会社の社員達で飲みに来てるの。違う部署の人なんだけど……」
「へぇ、そういうやつね」
「うん、そういうやつ」
私の顔を見て察知したらしい。流石、私の幼馴染だ。
「高校卒業からだから……6年か? だいぶ経ってるな」
「だ、ね」
「髪伸ばしたんだ。ショートだったろ、ずっと。新鮮だな」
「あ、うん、何となく?」
近づいてきて、きょろきょろ見てくるその視線に、緊張してしまう。6年前までは、こんな事は普通で、日常茶飯事だった。そのはず、なのに。
「朝陽、は誰と来てるの? 戻らなくていいの?」
朝陽。
彼の名前を呼ぶ。そんな些細な事でさえ、こんなに緊張してしまう。声が震えそうになる。
私の知っている姿とは違って、背も高くなったし、どこか抜けていた雰囲気もどこにもない。正真正銘の、〝男性〟だ。
そりゃそうだ、高校生で未成年だったんだから。同い年の朝陽は、今は24歳。若いけれど、ちゃんと成人した大人だ。
私の質問に「俺? 先輩達とあっちで飲んでる」と答えてくれたけれど、ふぅん、と生返事しか出来ない。
「あ、そうだ。真香さ、番号変えただろ」
その言葉に、硬直する。
「機種変、したからさ……」
高校を卒業し、朝陽が東京に行った後すぐにした行動が、それだ。
東京行きを告げられてから、朝陽と一緒にいるたびに苦しくなってしまった。これが、どういう感情なのかはすぐに理解出来た。そして、恐ろしくなった。
この幼馴染という関係があるからこそ、朝陽と一緒にいられる。そして、私が欲してしまったものは、この近い距離を壊してしまうのではないかという危機感があった。
隠しに隠しまくったら、卒業した頃にはもうボロボロになってしまった。だから、笑顔で送り出してからその感情に蓋をすることにした。連絡手段を、断ち切るために取った行動だ。連絡する、って言われてしまったから、焦りつつもすぐに行動に移した。
けれど、上手くいかず、後悔までしてしまう始末だった。
東京に就職先を決めたのがその証拠だ。
「じゃあ教えてよ、今の」
朝陽のその言葉に、焦る気持ちと、嬉しい気持ちが湧いてきた。けれど、断れば不審に思われてしまうという考えもあった。
不審に思われる? それは、朝陽に変に思われたくないから?
けれど、結局私には教えるという選択肢しか残されていない。
「よし、じゃあ後でメッセージ送るな」
「あ、うん……」
じゃあ、先輩達が待ってるから。そう言い残して彼から逃げた。本当は戻りたくなかったけれど、そろそろ限界だった。
けれど、そのメッセージが送られてくることに、期待している自分がいる。
何やってるんだろ、私。



