――昼休み。
緊張が解けた笑い声が、教室内のバックミュージックに。
食べ物の香りが充満し、みな各々の時間を楽しんでいる。
私は窓際から二番目の席でお弁当箱を開いた。
箸で白米をすくい上げると、目の前に影ができる。――高槻くんだ。
「ここ、空いてる?」
当然のように腰を下ろした高槻くん。
私は箸を止めた。
「えっ、どうして、ですか」
丸い目を向けた。
予想外の展開に、心がついていけない。
まだ顔見知り程度なのに。
「だって、まだ美心しか友達がいないんだもん」
「友達になるって言ってません。それに、また……呼び捨てですか?」
眉をひそめたまま、彼を見た。
まだ二度目なのに、馴れ馴れしい。
それに、呼び捨てを許可していないし。
「じゃあ、僕のパンと美心のウィンナー交換しない?」
「ちょ、ちょっと! 私の話、聞いてます?」
「聞いてるよ? でも、食べたくなっちゃったから」
彼の目線はウィンナーに向けられた。
急いでお弁当箱の蓋を閉じる。
もうこれ以上、関わって欲しくない。
指は震えていたけど、気づかれないように手早く箸をしまう。
変に意識してると思われたくないし。
「ねぇ、どうして知らない者同士だったら友達になれないの?」
「知らなくていいです」
「だって、友達になる前って、みんなそうなんじゃないの?」
正しい回答に、口が塞がった。
たしかにその通り。
屁理屈は理屈になれない。
深い溜息と同時に肩が下りた。
「どうして知りたいんですか? 私たち、他人ですよね」
呆れた声でお弁当箱を支えたまま上目を向けると、彼は平然とした顔で首を振った。
「いや。他人っていうのは、全く知らない人のことを言うんだよね?」
予想外の回答に、私は高速で二回まばたきをする。
「えっ」
「だって、僕らは同じ教室内で勉強する仲でしょ? 困ったときは助け合う。他人より近い存在。それが友達、じゃない?」
ツギハギな理由に呆れて、目が丸くなった。
……この人、相当変わってる。
「優しくしても、無駄になる。男子と友達なんて、絶対絶対無理!」
手早くお弁当袋のファスナーを閉じて、席を立ってから後方扉の方に足を向けた。
ずいぶん時間を無駄にしてきた。
信じていた分、心の傷が深くなっていくことも知らずに。
お弁当袋を握りしめて廊下に向かう最中、背中越しに足利くんの声が届いた。
「ありゃりゃ〜っ……。転校生、早速フラれちゃったね。話しかけた相手が悪かったかも」
「別に、普通に話してただけだよ」
「まぁ〜、最初はそう思いたいよな? ……あ、俺、足利賢汰。賢ちゃんでいいよ」
「う、うん。僕は青空。よろしく」
「ははっ、緊張してんの? このクラスはみ〜んないい奴だから、すぐに慣れるよ。仲良くしようぜ」
予想通り。
足利くんが弾んだ口調で、転校生に声をかけた。
私も入学当初は同じように話しかけられたけど、口が開かなかった。
「よろしくね。……でも、本当にフラれるとか、そんなんじゃないし」
「まぁまぁ。あ、そうだ! 入りたい部活ある?」
「まだなにも考えてないけど」
「マジ? じゃあさ、男子バレー部入らない?」
足利くんは、口を開けばバレー部の話題。
「でも、バレーとかやったことないし」
「ぜーんぜん心配ないよ。実は部員不足でさ。部員総勢で教えるから、一緒にやろうぜ。先にLINE交換しない?」
「それって、なぁに?」
高槻くんのとぼけたような返事に、一瞬だけ振り返った。
教えたくないのか、本当に知らないのか、わからない。
私ですら使っているのに。
「LINEだよ? ちょっと、おまえのスマホ貸してみ?」
「……あぁ、写真を撮る機械のやつね。持ってないよ。自分には必要ないかなって」
え、スマホ持ってないの?
嘘でしょ……?
「ちょちょちょ、ちょっ! もしかして、連絡先を教えたくない系?」
「あっ、いや、そういう訳じゃ」
「どんな田舎から引っ越してきたんだよ……。あはは、変な奴〜」
私が高槻くんに違和感を持っていたように、足利くんも異変を感じている。
個性的な人なのかな、と思い教室を出ると、二人の会話は届かなくなった。
でも、なぜか初対面とは思えないほど、温もりを感じる瞬間がある。



