〇斗愛の独白(前回の続き)

恋桃のように一回告白を断っても何度もアタックしてくる人はいた。
それももって一ヶ月で、知らない間に他の男子に目移りしていた。
だから恋桃もその中の一人なのだろうと決めつけていた。
でも違った。
恋桃は何か月経っても俺も元を離れようとしなかった。それどころか日に日に熱量が増している気さえする。
恋桃のような子は初めてだ。
何よりも自分に自信があって、いつも明るくて、今まで出会った誰よりも長く気持ちを伝え続けてきて・・・。
恋桃が毎日飽きもせずに俺もそばに来るのが楽しみになったのはいつからだろうか。
だからデートに付き合ってもいいかと思うぐらい絆されていったんだと思う。
デートの初めに手を繋がれなかったことに驚いた裏には、明らかに期待が込められていた。
俺のことを他の女子へのマウントに使うわけでもなく、ただ真っすぐに俺を好きでいてくれる姿が可愛いと思った。
人に可愛いなんて思うのは初めてで、自分のことなのに戸惑った。
この時点で恋桃は俺にとって充分特別な存在だった。
それと同時にかすかな独占欲が湧いた。
それを自覚したのは田崎たちと恋桃が話しているところを見たときだ。※第3話参照

斗愛(え、なんで・・・)

なんてことない場面のはずなのにドロッとした感覚が胸にたまった。
なぜか恋桃が俺以外の男と普通に話すことに衝撃を受けた。
恋桃には俺だけじゃないのか、なんて馬鹿なことを考えるぐらいに。
体育祭でスカートがめくれてしまうことを気にしたのだって他の男に見られることが嫌だったから。
借り物競争で『可愛い子』というお題を引いた時、俺を「変態」と言う恋桃の照れた顔を思い出した。あの顔も可愛かったな。
そのとき初めて恋桃にちゃんと可愛いことを伝えた。
自信家なのに本当に俺に可愛いって思われていると考えていなかったのだろう。
そういうところも可愛らしかった。
そのあと恋桃が俺のファンもどきに絡まれたと知っていても立ってもいられなくなった。
俺の知らないうちに傷つけられたのかと思うと苦しくて仕方がなかった。
予想に反し恋桃は強かった。
俺が思っているよりも何倍もずっと。
絡まれたことよりも俺と話せて嬉しいだなんて恋桃に俺はどんなに大きな存在なんだろう。
この太陽のような存在は何で俺のことがそんなに好きなんだろう。
怖かった。
恋桃の俺に対する好意は今まで向けられた感情の中で一番純粋できらきらしたものだったから。
それを俺なんかが受け取っていいのかわからないから。
そして怖くなった。
恋桃のそれを失ってしまうことが。
それに素直に溺れてしまうことが。
もし恋桃にもう好きではなかったと言われようものなら、俺はどうなってしまうのだろう。
きっと正気ではいられなくなる。
そんなことを考えるぐらい俺は恋桃からの好意を求めていた。
一緒に焼肉に行って恋桃から語られた気持ちで俺がどれだけ満たされたのか知らないだろう。
子供の話をされて将来のことも考えてくれていうんだとひそかに喜んだことだって、俺が可愛いというだけでこの世で一番幸せそうに笑う恋桃が可愛くて可愛くてどうにかなりそうなことだって。
だから俺もそろそろ自身の気持ちと真っ向から向き合おうと思った。
俺だけ恋桃から好意をもらい満たされるのは違うと思ったから。
一気に飲み込むには大きくなりすぎた気持ちをすぐに受け入れれば楽にはなるだろう。
でもそうしてしまえば俺は恋桃に何をするかわからない。
最近だんだんなんで父が母を監禁したのかわかるようになってきた。
共感はできるが父のようにはなりたくない。
なら少しずつ飲み込もう。
そのために俺は答えを出すまで待ってと伝えたのだ。
少しずつ気持ちを飲み込むことは順調に進んでいった。
日に日に恋桃が可愛くなっていって閉じ込めてしまいたいと思うけれど何とか理性で抑えた。
その理性が崩壊しかけたのは、恋桃が知らない男と下駄箱に来たのを見たとき。
一瞬嫌な想像をしてしまった。
もしかしたらその男と帰るために俺に嘘をついたんじゃないかって。
恋桃が俺じゃなくてその男を選ぶんじゃないかって。
なかなか答えを言わない俺に愛想尽かしたんじゃないかって。
もう俺のこと、好きでもなんでもないんじゃないかって・・・。
いやそんなはずがない。
恋桃は俺のことが大好きで子供を作って同じお墓に入りたいぐらい想ってくれていて、それで、それで――。

斗愛(傲慢だな)

恋桃に気持ちを伝えていないくせに、恋桃は自分のことが絶対に好きだと決めつけている。

斗愛(恋桃の前から今すぐ消えてくれないかな、あの男)

心底そう思った。
あれだけ悪態をついてきた叔父にすらそんなこと思ったことないのに。
幸い俺のぐしゃぐしゃとした感情は恋桃がすぐに俺のところに来てくれたから少し治まった。
そうだよね。
恋桃は俺が好きなんだよね。
あいつなんてどうでもいいもんね。
だと思った。
でも、じゃあ、なんであいつのことは名前で呼ぶの?
俺のことは「先輩」と言って名前で呼ぶくせに。
「斗愛先輩」なんてあまり呼んでくれないのに。
なんであいつは毎回毎回名前で。
今まで抑えていた歪な独占欲が暴走しておかしくなる。
気づいた時には恋桃を抱きしめていた。あぁ俺に抱きしめられて動揺してる。
可愛い。
いい匂いがする。
ずっとこうしていたい。
「斗愛くん」と呼ぶ声も好き。
ついつい甘えたくなる。
俺を「斗愛くん」と呼ぶのはこの世で恋桃だけだ。俺も恋桃の唯一になりたい。
だから「恋桃」と呼ぶことにした。
ほら、「桃ちゃん」は恋桃の友達が呼ぶ愛称だよね。
俺は友達じゃないからそろそろ呼び方を変えたいと思ってたんだ。
しかもその次の日に恋桃は俺に3つの対策を提案してくれた。
それらは俺の理想をそのまま反映したようなものだった。

斗愛(そんなの俺に独占してくださいって言ってるようなもんだよ?いいの?)

それなのに何が問題なんだろうと俺を見上げてくる恋桃が可愛くてこの世で一番清らかな存在に見えた。
教室に迎えに行くようにしたのは有象無象への牽制と少しでも長く恋桃といたいから。
手を繋いだのは少しでも恋桃を近くに感じたかったから。
一度抱きしめたせいですっかり基準がおかしくなっていた。
そんなに狭量になった俺が恋桃が忌々しい奥田といるところを見たとき、身体の一部がそがれたような気がした。
急にこの世で独りぼっちになったような錯覚が俺の不安を煽る。
今までせき止めていたものが一気にあふれかえった。
独占欲、嫉妬、愛憎、恋情、執着・・・。
それはもう、恋桃の返答次第では今ここで一緒に死んでしまおうかと思うぐらいだった。
あぁでもそれじゃあ同じお墓に入れない。それは嫌だな。
でも人に奪われるくらいなら、いっそのことここで全部終わらせた方が・・・。
いろんなものが雑じりあって頭が割れそうだ。ぐわんぐわんする。
そんな俺の手を恋桃が引いてくれた。
奥田の手を振り払って、俺のもとに・・・。
もう無理だ。
恋桃が好きだ。
好きで好きでたまらない。
誰もいないところに閉じ込めてしまいたい。
恋桃の全部俺が独り占めしたい。

叔父「どうせお前もあいつみたいになるんだろう」

ふと叔父に言われたことを思い出した。
確かに俺の情動は父親譲りだと思う。
今までの自分だったらここで踏みとどまっていたかもしれない。
でももう父親がどうとか、心底どうでもいい。

斗愛「恋桃のことを閉じ込めたいくらい好き。これが俺の答えだよ」

本当にそれだけが俺のすべて。


〇放課後・空き教室・恋桃視点に戻る

斗愛「ごめん。思ったよりも長くなっちゃったね。・・・恋桃、もう泣かないで」
恋桃「だ、だって・・・」

恋桃は斗愛が身内から受けた扱いを聞いたあたりから泣き始めた。

斗愛くんがそんなこと言われ続けていたなんてそんなこと全く知らなかったです。
話を聞いていくうちに、何度も恋桃の気持ちを確認してきたのはずっと不安だったのかなとか、恋桃のことそんなにたくさん考えてくれていたんだとか、いろいろ考えだしたら止まらなくなりました。
↑恋桃、ナレーション

斗愛「ありがとう。俺の話で泣いてくれて」
恋桃「そんなこと言われたら余計泣けてきますよ」←セーターの裾で涙を拭う

斗愛「ねぇ、俺のこと怖くない?」
恋桃「へ・・・?」

斗愛の瞳は恋桃に縋りつくように揺れている。

斗愛「多分俺はこれからもっと恋桃に執着していくよ。もしかしたら本当に閉じ込めちゃうかもしれない。だから、逃げるなら今の内だよ」

辛そうに告げるその目の奥には執着が宿っていて狂気すら感じる。

恋桃(今までのほの暗い何かの正体はこれだったのですね。人はそれを狂愛と名付けたのでしょう。だからといって、なぜ斗愛くんは今更恋桃が離れると思うのでしょうか。見くびられては困ります)

恋桃「恋桃は斗愛くんのことが大好きです。これだけは一生変わりません!・・・・・あっ、でも気持ちは強まると思うのでずっと同じではありませんね。加点方式でずっと増え続けていきます!」

恋桃がふふんと自信満々に宣言すると、斗愛はさっきまでこ不安そうな顔が何だったのかというくらい恍惚とした笑みを浮かべた。

斗愛「俺も一生恋桃が好き。大好き」

そう言いながら恋桃の頬を撫で、言い終わると同時に唇を重ねる。

恋桃「!!?!?!?!?!??!?!?!!」

恋桃(今、斗愛くんに、き、き、きーーーーーーー!!!!!!!)

それを自覚した途端、沸騰したんじゃないかというぐらい顔が一気に火照るし、熱すぎて涙目になる。
嬉しいのに幸せなのにそれを伝えたいのに、刺激が強すぎて口をはくはくさせることしかできなくなる。

斗愛「やっぱり恋桃は可愛いね」

それが殺し文句になり、完全に力が抜けた恋桃は羽が生えたかのようにふわふわと浮かびながら家に帰った。