とにかくここから離れなければ斗愛くんが壊れてしまう、と本能的に思った恋桃はあてもなく走り出した。
そして空き教室を見つけるとそこに入り外から見えないようにドア近くのカーテンを閉めた。


〇空き教室(講義室13)

恋桃「斗愛くん、大丈夫です・・・か」←言い切る前にまた斗愛の腕に閉じ込められる

恋桃(斗愛くん、震えてます・・・。きっと奥田君といたからこうなってしまったのでしょう)

恋桃の不注意のせいで、斗愛に苦しい思いをさせたと思い、胸がぎゅっとなる。

恋桃(恋桃は斗愛くんに幸せでいてほしいのに・・・)

斗愛「恋桃は俺が好きで、彼とは何でもないんだよね?」
恋桃「そうですよ。恋桃が好きなのは斗愛くんだけです」
斗愛「じゃあ何で二人きりでいたの?」
恋桃「今日日直で先生に物を運ぶように頼まれたんです」
斗愛「そっか・・・。それなら俺に言ってくれれば一緒に運んだのに」

寂しそうに言われ、ズキリと胸が痛んだ。そして底知れない後悔が恋桃を襲う。

恋桃「ごめんなさい。恋桃の不注意で嫌な思いをさせてしまいました・・・」←泣きそう
斗愛「恋桃は悪くないよ。悪いのは、たったそれだけで取り乱す俺だから・・・」

恋桃(斗愛くんに嫉妬させないようにするって言ったのは恋桃です。それなのに・・・)

斗愛の自身を責める言葉を聞いていられなくて、ぎゅっと斗愛を抱きしめ返す。
すると斗愛は恋桃の存在を確かめるように頭をなで始めた。
斗愛は今にも壊れてしまいそうなのに、なでられて嬉しくなってしまう自分が嫌になる。

斗愛「ねぇ、恋桃にはずっと俺だけを好きでいるって自信がある?」
恋桃「ありますよ。ずーっとずーっと斗愛くんのことを好きでいますよ」

いつもよりもゆっくりと伝えると、それが斗愛の心に染みわたったようで、空気が少し柔らかくなった。

斗愛「ありがとう」

腕を緩め代わりに頬をなでられる。
その手つきが優しすぎて、なんだかくすぐったくて、どうしようもなく心がいっぱいいっぱいになる。

斗愛「俺も好きだよ。恋桃のこと」

恋桃、一瞬時間が止まったのかと思う。

恋桃「えっ・・・?ゆ、夢・・・ですか。斗愛くんが恋桃のこと・・・」
斗愛「好き」被せるように告げる

そして斗愛は恋桃に顔を近づけた。

斗愛「恋桃のことを閉じ込めたいくらい好き。これが俺の答えだよ」←幸せをかき集めたように言う

またゾクッとした感覚が走り抜ける。※甘くしびれる方の
斗愛の色気が一気に増した気がする。
一息ついて斗愛が椅子に座るように促した。

斗愛「ちょっと俺の話聞いてくれない?」←憑き物が落ちたようにすっきりした顔

いっぱいいっぱいで言葉がとっさに出てこない恋桃は何とかこくんとうなずく。
それを確認すると斗愛は静かに語りだしました。


〇斗愛視点・独白・その時々にあった絵を

俺には物心ついた時には両親がいなかった。
俺を引き取ってくれた叔父が言うには、無理心中だったらしい。
父が母を殺し、父も自ら命を絶ったという。
原因は不明。
そもそも父は普通じゃなかったらしい。
「いつかそんなことをすると思った」
それが周りからの反応だった。
「だからあんな奴に姉さんを渡したくなかったんだ」と何度叔父に言われただろう。
父は母を愛していたのだ。
それはもう母親を監禁するほどに。
叔父曰く母は父の同行なしに外に出ることが出来ないぐらい囲い込んでいた。
それでも二人が結婚できたのは祖父がしていた借金を全部父親が肩代わりしたからだという。

「俺は反対したのに」
「お前の親父のせいで姉さんは死んだ」
「お前の親父は悪魔のような奴だった」
「お前なんか本当は引き取りたくなかった」
「お前は父親に似てきて気味が悪い。瓜二つだ」
「どうせお前もあいつみたいになるんだろう」
「お前を引き取ったのは母さんに預けるのが危険だからだ」
「頼むから娘には近づくな。悪影響だ」
「さっさと家を独り立ちしてくれ」
↑叔父の発言

――何度聞かされただろうか。
そんなに俺が嫌なら施設にでも入れればよかったのに、そこは世間に目を気にしていた。内弁慶が。
そんな叔父とは対照的に学校の女子は俺に好意的だった。

「筒井君ってかっこいいよね」
「私筒井君のことが好き」
「あたしと付き合って!」
「筒井君といるとドキドキする。筒井君は?」
「私のこと好き?」
「チョコ!頑張って作ったの!だから受け取ってくれる・・・?」
「わたしと制服のボタン交換してくれない?」
「筒井くんと席が隣で嬉しい!」
↑モブの女子の発言

そのせいで男子からは嫉妬された。羨望もされた。

「筒井って顔じゃね?」
「女子にきゃあきゃあ言われてるから調子乗ってるよな」
「ほんとうぜぇ」
「人生楽そー」
「親いねーくせに」
「筒井といれば女子受けいいよな」
「あいつといればチョコもらえるんじゃね?」
「おこぼれもらおーぜ」
↑モブの男子の発言

斗愛(くだらない)

憎悪、恋情、嫉妬、羨望。
向けられる感情たちが俺には強すぎて全部怖かった。
だから逃げるように遠い高校を選んで一人暮らしを始めた。
親戚は止めなかった。
むしろ父が俺に残した膨大な遺産とともにお払い箱にした。
俺が成人したと同時に絶縁するらしい。
願ったり叶ったりだ。
そういえば最後まで叔母と従妹とは目を合わせることがなかった。どうでもいいけど。
今まで親の愛とか感じたことはないけれど、俺の名義でたくさんお金を残してくれたことには感謝している。
そのおかげで生活できているのだから。
高校生になって前よりも生きやすくなった。
前のようなねっとりとした空気はない。
初めて友達が出来た。※田崎と子安のこと
損得が関係しない関係が新鮮だった。
女子からは相変わらずモテたが、高校生にもなればある程度のスルースキルを身につけていたので何とかなった。
そのうち「みんなの筒井くん」として遠巻きに見られることが多くなった。
隠しているつもりだろうが視線がうるさい。
それでも今までよりはマシだった。
友達が出来て、女子からの接触が減った。
充分じゃないか。※田崎たちと笑う
それなのに、何かが足りない気がする。※でもふとした瞬間瞳に寂しさが浮かぶ
本当に欲しいものはまだ手に入っていない。その正体が何かは分からないが、それだけは確かだった。

そんなときに――
恋桃「斗愛先輩好きです!恋桃と付き合ってください!」
――恋桃が現れた。