アパートに帰ると暗い部屋で悠真が待っていた。
電気をつけると私の存在に気がつき彼がこちらを見た。
「ひな!‥‥‥おかえり」
にこっと笑う。それは紛れもなく私が好きな笑顔だった。
「ただいま」
私は気がつけば、悠真に抱きついていた。
ただ、彼に触れたくて。
私が見てきたものは間違っていなかったのだと、このまま彼だけを見つめていていいのだと、信じたかった。
ただ、それだけだった。
「どうしたの?」
耳元で優しい声が響いた。
「悠真。あのね――」
ずっと、伝えたかった。
あの時、悠真に支えてもらったから、待っていてもらったから、私ずっと寂しくなかったよ。
だから今度は、私が彼に伝える番なんだ。
『だいすきだよ』
その言葉は、ケータイ電話の音でかき消された。
「‥‥‥っ」
開いた瞬間、画面に表示されたのは晴人の名前。
悠真が呟く。
「誰から‥‥‥?」声は低く、鋭く響く。
ひなが口を開く前に、その怒りは爆発した。
「なんで‥‥‥なんで何も言わないんだよ!」
怒りに任せ、悠真はひなを突き飛ばした。
床に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。
呼吸が苦しく、声が出ない。
何度も殴られた。痛くて、苦しくて。
「――もう‥‥‥やめてっ‥‥‥」
私の言葉に、悠真の手が止まった。
怒りと、悲しみと、後悔。そんな表情だった。
もう、戻れないんだ。
何かが壊れていく、そんな音がした――
______________________
雨粒が頬を叩く。涙と混じり合って、もう何が何だかわからない。
息は荒く、足も思うように動かない。
私は気がつけばアパートを飛び出していた。
ただ必死で暗い道を駆け抜けた。
そして――崩れ落ちた。
震える指で必死に画面をタップする。
耳に当てた瞬間、「ひな?」と名前を呼ぶ晴人の声が聞こえた。
その声に背中を押されて、ようやく掠れた声が漏れた。
「……たすけて……」
その言葉は弱々しかったけれど、確かに繋がった。
悠真の怒りに満ちた視線が突き刺さる。恐怖に押し潰されそうになる。
けれど――それでも。
誰かに届いた。私の声が、光になった。
もう、どれくらい経っただろう。
何度もかかってくる悠真からの着信が怖くて、ケータイの電源も切ってしまった。
私にはもう、帰る場所なんてない。
あぁ、結局悠真を1人にしてしまったな。
あぁ、結局、私も1人だ。
目も頬も腫れて、床にぶつけた腕と腰がジリジリと痛む。唇は切れていて、雨が当たって血が滲んだ。
何が輝いた自分になりたいだ。
結局、こんな様だ。
この私が、1番大切なものを壊したんだ。
ぎゅっと目を瞑った。
その瞬間、頭上にふいに影が落ちる。
「――ひな!!」
呼ばれた名前に驚いて顔を上げると、そこには懐かしい笑顔があった。


