朝の光が校舎の窓を淡く染め、春の風が静かに校庭を吹き抜ける。
 桜の花は満開ではないけれど、つぼみからほのかにピンク色が覗く。

 制服に身を包み、教室に入ると、友達の顔が見える。
 みんなの表情は明るく、でもどこか切なさを含んでいる。
 俺も同じだった――笑顔の裏に、美桜がいないことの寂しさがある。

 胸の奥がぎゅっと締め付けられるけれど、今日はスピーチの日だ。
 美桜のことを、そして命の重みを、みんなに伝えなければならない。



 手に持った原稿を何度も見直す。
 心の中では言いたいことがあふれるけれど、声にするには少し勇気がいる。
(……どう伝えれば……美桜のこと、みんなに……)
 深呼吸をして、校庭の桜を思い浮かべる。
 風に揺れる枝、舞い散る花びら、そしてあの温かい笑顔。



 式典が始まり、壇上に立つ。
 ざわめきの中、視線の先にはクラスメイト、千景、悠斗の姿。
 胸の奥が熱くなり、言葉が震える。

「……僕たちは、毎日を当たり前に過ごしているけれど……」
 声は最初、少しかすれていた。
「でも、その当たり前は、決して当たり前じゃない――命は、限りがあるんだ」
 教室の中が静まり返り、空気が重くなる。

 俺の胸の中で、美桜の笑顔が浮かぶ。
(……君は、最後まで普通の女の子として生きたんだ……)
 その思いを胸に、声を強くする。



「美桜は、短い時間しか僕たちと過ごせなかったけれど……
その一瞬一瞬は、とても尊いものでした。
彼女が笑って、楽しんで、そして最後までやりたいことを叶えようとしたその姿は……
僕たちに、生きる意味や大切なことを教えてくれました」

 声は次第に力強くなり、涙が頬を伝う。
 でも、胸の奥には温かさもある――
 悲しみの中に、確かな愛と希望が混ざっていた。



 友達の目にも涙が光る。
 千景は胸に手を当て、うなずきながら静かに聞いている。
 悠斗も固く握った手で、涙をこらえながら見守る。

 校庭の桜の香り、春の光、柔らかい風――
 すべてが、この瞬間を包み込み、胸に刻まれる。

 壇上から見渡すクラスの顔、窓の外の春景色、そして美桜の記憶――
 それらすべてが、俺の声の力となり、スピーチを支えてくれる。
壇上で深呼吸をひとつする。
 教室の中は静まり返り、窓から差し込む春の光が、温かくも切ない影を作っている。
 風に揺れる桜の枝が、ガラス越しにちらちらと映り、胸の奥をぎゅっと締め付ける。

「僕は、美桜と出会えて、本当に幸せでした」
 声が震え、涙が頬を伝う。
 でも、胸の奥には決意があった――悲しみを抱えながらも、前に進むこと。

 美桜の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ふわふわの茶髪、垂れ目の優しい瞳、いつもにこにこして気配りを忘れない彼女。
(……君は、どんなときも、僕を見てくれてた……)
 思い出すたび胸が熱くなる。



 千景は隣で手を握り、静かにうなずく。
 悠斗も目を潤ませながら、握った拳を胸にあてる。
 クラスメイトたちも目に涙を浮かべ、言葉はなくても、心で聞いてくれていることが伝わる。

「短い時間だったけれど、美桜は僕たちに命の尊さ、毎日を大切にすることを教えてくれました」
 声を振り絞り、壇上から見渡す。
 窓の外には春の風が舞い、花びらがかすかに揺れる。
 その風の感触が、まるで美桜がそばにいるかのように感じられる。

 胸の奥でぎゅっと握りしめた思い――
 悲しみ、悔しさ、でも愛と温かさもある。
 すべてを言葉に乗せて伝えることが、今の自分にできる最大のことだと感じた。



 窓の外で小鳥がさえずり、桜の花びらが舞う。
 風がそっと頬を撫で、教室の空気は静かに満ちている。
 悲しみの中にある温かさ、愛情、思いやり――
 美桜が教えてくれたすべてが、この瞬間に凝縮されて胸に響く。

(……美桜、ありがとう……君のこと、絶対に忘れない……)
 涙が頬を伝い、声が少し詰まる。
 でも、胸の奥には小さな光がある――
 悲しみの中でも、生きる力が確かに芽生えていることを感じる。



 壇上から見下ろす教室には、友達や千景、悠斗の温かい視線がある。
 声にならない思い、握られた手、うなずき、涙――
 すべてが、俺に勇気をくれる。

「僕たちは、美桜の生きた証を胸に、これからも生きていきます」
 言葉が徐々に力を帯び、教室中に響き渡る。
 春の光、柔らかな風、舞う花びら――すべてが、悲しみと希望を同時に運んでくれるようだった。

スピーチを終え、壇上から教室を見渡す。
 友達の目には涙が光り、千景は静かにうなずき、悠斗は胸に手をあてている。
 その光景に、胸がぎゅっと締め付けられる。

 教室の外では春の風がそよぎ、桜の枝が揺れ、花びらが窓ガラスに舞い込む。
 風に乗って漂う花の香りが、切なくも温かい思い出を胸に運ぶ。

(……美桜、君はここにいないけど……確かに俺の中で生きてる……)
 思い出すのは、ふわふわの茶髪、優しい笑顔、いつも周りを気遣うその姿。
 悲しみが胸を締め付けるけれど、同時に温かさが広がる。



 教室を出ると、春の光がまぶしく、風が髪をそっと撫でる。
 足元には舞い散る桜の花びら、遠くで子供たちの声が響く。
 空気は澄んでいて、悲しみの中にも希望を感じさせる。

 千景が隣に立ち、小さく笑みを浮かべる。
「陽翔……頑張ったね」
 その言葉に、胸が熱くなり、視界が少し滲む。
 でも、前に進む力も同時に湧いてくる。

 悠斗も寄り添い、静かにうなずく。
「美桜も、きっと喜んでる……」
 その言葉が、心の奥に小さな光を灯す。



 俺は深呼吸をひとつして、校庭を歩きながら春の風を全身で感じる。
 鳥のさえずり、風に揺れる桜の枝、足元の花びらの感触――
 五感すべてが美桜との思い出を呼び覚まし、胸に重く、でも優しく残る。

 リュックには、まだ未完の「やりたいことリスト」が入っている。
 これからも、一つずつ、君の思いを叶えていく。
 悲しみと切なさを抱えつつも、それは生きる力となる。



 夕方、校舎の窓から差し込む光は金色に染まり、教室の床に長い影を落とす。
 仲間たちと歩きながら、笑顔と涙が交錯する。
 声を出さなくても、互いの心は通じ合っている。
 美桜が残した温もりは、こうして日常の中に確かに息づいていた。

(……君のこと、絶対に忘れない……)
 心の中で静かに誓いながら、風に舞う花びらを見つめる。
 悲しみはまだ大きいけれど、同時に、前に進む希望も確かにある。

 春の光、風、桜――すべてが、俺に生きる理由を教えてくれる。
 美桜の存在はもう手の届かない場所にあるけれど、記憶の中で生き続ける。
 そして俺は、彼女の思いを胸に、これからも歩き続けるのだ。