白い病室の中、わたしは目を開けられない。
 体は重く、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
 意識はぼんやりとして、目の前の光景も断片的にしか見えない。

 ベッドの脇には悠斗お兄ちゃんが座り、手元のノートをそっと広げている。
 そのノートの最後のページには、わたしが書き残した言葉が並んでいた。

(……これを、みんなに……)
 心の奥で小さくつぶやく。
 声に出せなくても、思いだけははっきりと存在する。



 陽翔くんがベッドのそばに座り、握った手をそっと握り返してくれる。
「美桜……しっかり、頼むから」
 その声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
 モニターのビープ音だけが、静かな病室に響く。

 千景も傍らで小さく泣きながら、手を握っている。
 そのぬくもりが、少しだけ安心感をくれる。



 心の中で、わたしは筆を取る。
 手は動かないけれど、意識の中で文字を綴るように思いを送る。
(悠斗……読んでくれるかな……)

 書き残したノートの言葉は、誰かに伝えるための最後の贈り物。
 わたしの存在の証でもあり、残せる愛の形でもあった。



 体がさらに重くなる。
 呼吸は浅く、胸の痛みが波のように押し寄せる。
 でも、心の中では小さな光が揺れている。
(……最後まで、笑っていてほしい……)

 手紙の最後の文章が、意識の中で輝く。
 そこには、誰にも言えなかった思い、感謝、そしてさよならの言葉。



 悠斗がそっとページをめくり、わたしの文字を追う。
 涙が頬を伝い落ちる。
「美桜……こんなに想いを残して……」
 声を震わせ、手で目元を押さえる。

 わたしは見えないけれど、彼の涙と温かさが胸に届く。
 この瞬間、すべての時間が止まったかのように感じられた。
悠斗はわたしの手紙をそっと手に取り、文字を目で追う。
 ページには、わたしの小さな願いと日常の記録、そして感謝の言葉が丁寧に並んでいる。

「美桜……」
 声は震え、唇が微かに動く。
 涙が頬を伝い落ちる。
 手紙の一文字一文字に、妹の命の重みと、心の中に秘めた願いが詰まっていることを感じる。



 陽翔くんはベッドのそばで、手を握りながら涙をこらえている。
「……絶対、無事で……」
 言葉は途切れ途切れで、必死に心の中の願いを形にしている。
 千景もそっと肩を震わせ、わたしの手を握ったまま目を伏せる。

 モニターのピッピッという音が、静かな病室に響く。
 その規則的なリズムが、逆に切なさを際立たせる。



 手紙を読み進める悠斗の胸中は複雑だった。
 愛する妹が、自分に託した最後の想いを一文字ずつ追うたびに、胸が締め付けられる。
 でも同時に、その言葉が命の証であり、彼女の優しさの結晶であることも理解できる。

「……俺、絶対に守るから……」
 声を漏らし、涙を拭いながら、悠斗は心の中で誓った。
 妹の願い、想いを、必ず伝えることを。



 わたしの意識は断片的で、夢と現実の境界にいる。
 遠くで聞こえる声、手のぬくもり、冬の光、紙の感触――
 すべてが混ざり合い、鮮やかに浮かぶ。

(……悠斗……陽翔……千景……みんな……ありがとう……)
 かすかな心の声は届かないけれど、手のぬくもりや温かさとして胸に伝わる。



 陽翔くんが目を伏せ、手のひらをぎゅっと握りしめる。
 その手の熱さに、わたしの意識はほんの少しだけ戻る。
 心の奥で、小さな笑顔が浮かぶ。

「……美桜……」
 呼ぶ声に、わたしはうっすら目を開けた気がした。
 でも体は動かず、言葉も出ない。

 千景の肩越しに見える悠斗の涙、陽翔くんの必死な表情――
 すべてが、切なく、愛しく、そして尊い瞬間だった。



 病室の外は冬の光が差し込み、雪が静かに舞う。
 白い光が窓を通して部屋を柔らかく照らす中、わたしはモニターのピッピッという音と手の温もりに包まれる。
 音のない世界で、心は確かに動いていた。

 手紙の最後の言葉が、意識の中で浮かぶ。
(……みんな、笑って……生きて……)
 願いを胸に、わたしは静かに眠りに落ちていく。
病室は静まり返り、白い光が窓から差し込む。
 外の雪は降り続き、世界は音を吸い込んだかのように静かだ。

 悠斗は手紙をそっと抱きしめ、肩を震わせながら読み続ける。
 文字の一つ一つに、妹の思いが詰まっていることを感じ、胸の奥が締め付けられる。

「……美桜……なんて優しい子なんだ……」
 涙が頬を伝い、手紙の紙を濡らす。
 手紙の温かさと文字の力が、悠斗の胸に深く刻まれた。



 陽翔くんはベッドの脇に座り、手をぎゅっと握り返す。
 目は潤み、時折涙が頬を伝う。
「……美桜、絶対に……笑っててほしい……」
 声はかすかに震えているけれど、その言葉には全力の祈りが込められていた。

 千景もそっとわたしの手を握り、肩越しに涙をこらえる。
 小さな声で名前を呼び、呼吸を合わせながらそばにいる。
 そのぬくもりが、わたしの心の奥深くに届く。



 意識が遠くなる中で、わたしの心は小さな光を探す。
 手のぬくもり、涙の温かさ、冬の光、モニターの規則的なピッピッという音――
 すべてが、切なくも愛しい証となり、心に染み込む。

(……悠斗……陽翔……千景……ありがとう……)
 声には出せないけれど、心の奥で繰り返す。
 思いは、手の中の温もりや視線の奥で伝わっていることを感じる。



 悠斗が手紙を閉じる瞬間、深いため息をつきながら涙を拭う。
「……絶対に、守る……美桜の願い……」
 その声は小さいけれど、力強く、決意に満ちていた。

 陽翔くんはわたしの手を握り直し、そっと頬に触れる。
 その温もりに、わたしの心は微かに反応する。
 断片的な意識の中で、小さく笑顔を浮かべた気がした。



 千景が静かに、でもしっかりと名前を呼ぶ。
「美桜……ここにいるよ……」
 その言葉に、意識がわずかに戻る。
 手の温かさ、声の響き、全てが心の奥で生きている。

 モニターのピッピッという音が、心臓のリズムと重なり、静かな希望を運ぶ。
 冬の光、白い病室、温かい手と涙……
 すべてが交錯し、切なさと温もりに包まれた時間が流れる。



 意識が遠のく前に、心の奥で最後の願いをつぶやく。
(……みんな、笑って……生きて……)

 手のぬくもり、声、温かさが、静かな冬の病室の中で確かに存在する。
 わたしは小さく目を閉じ、音のない世界で静かに眠る。
 それでも、心の中の光は消えず、愛と希望の余韻を残したままだった。