12月の風が冷たく吹き、街はクリスマスの飾りで華やいでいた。
 窓の外には雪がちらつき、白い世界が冬の光に包まれている。

 わたしは画材を抱え、陽翔くんの家に向かう。
 小さな段ボールの中には、色鉛筆や絵の具、厚手の紙が入っていた。

「……美桜、準備できた?」
 玄関で陽翔くんが声をかける。
 黒髪が少し乱れ、前髪が目にかかっている。
 その澄んだ黒い瞳に、わたしは少しドキリとした。

「うん、今日は絶対素敵な絵本を作るんだから!」
 笑顔で答えると、陽翔くんは少し目を細めて笑った。

「……お前の笑顔、眩しいな」
 その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。



 リビングに座り、画用紙を広げる。
 陽翔くんは黙って絵の具を用意し、わたしにスペースを譲る。
 二人の間には自然と静かな時間が流れる。

 窓の外の雪が反射して、白く柔らかい光が差し込む。
 筆を持つ手が少し震える。
 でも、隣に陽翔くんがいるだけで、心は少しずつ落ち着いていく。

(……秘密を抱えたままでも、こうして普通の時間を過ごせる幸せ)

 心の奥でそう思いながら、わたしは最初のページに下書きを描き始める。
 小さな線が紙の上で形を作り、物語の世界が少しずつ動き出す。



 陽翔くんは黙々と自分のページを描いている。
 時折、わたしの描いた絵を覗き込み、小さなアドバイスをくれる。

「ここは、もう少し色を重ねた方がいいかもな」
 その声に、わたしは顔を上げ、にっこり笑う。
「うん、やってみる!」

 筆を動かすたびに、胸の奥がじんわり温かくなる。
 笑顔と集中の時間が交互にやってきて、わたしはこの瞬間をずっと覚えていたいと思う。



 時間が経つにつれて、ページは少しずつ埋まっていく。
 小さな物語が形になり、絵の世界が広がる。
 陽翔くんも、自分の描いたキャラクターを丁寧に色付けしている。

 窓の外で雪が舞い、光が反射して白く輝く。
 二人だけの世界に包まれ、わたしの心は少し軽くなる。
 秘密を抱えている孤独感も、ここでは消えてしまったかのようだ。

ページをめくるたびに、絵本の世界が少しずつ形になっていく。
 わたしが描いた小さなキャラクターに、陽翔くんは色をつけながら笑う。

「……ここ、もっと赤を強くした方が温かみが出るんじゃない?」
 わたしは首をかしげながら筆を置き、陽翔くんの手元を見る。
 彼の集中した顔、真剣な目、そしてたまに見せる小さな笑顔――
 その全てが、胸にぎゅっと響く。

「……なるほど、じゃあやってみる!」
 筆を持ち直し、少し大胆に色を塗る。
 紙の上で色が混ざり、キャラクターが息を吹き返すようだ。



 窓の外では雪が舞い、白く輝く世界が広がる。
 部屋の中に差し込む光は柔らかく、二人の影を長く伸ばしている。
 静かな時間の中で、互いの呼吸や筆の音が耳に心地よく響く。

「……美桜、このキャラクター、もっと笑顔にしてみよう」
 陽翔くんがそっと言う。
 わたしは頬を赤らめながらも、描き直す。
 笑顔を描くたびに、自分の心まで温かくなる気がした。



 作業を続けるうちに、自然と肩が触れそうな距離で向かい合っていることに気づく。
 わたしは一瞬ドキリとして、筆を止める。

(……手、触れたらどうしよう……)
 胸の奥で小さな緊張が走る。
 でも陽翔くんは何も言わず、ただ真剣に絵に集中している。

 その姿に、わたしは少し安心し、再び筆を握る。
 二人だけの世界――笑い、集中、少しのドキドキ。
 その全てが心地よく、幸せだった。



 ふと目を上げると、陽翔くんもわたしの描いたページを見て微笑んでいる。

「……これ、いい感じだな。美桜の絵って、ほんとに温かい」
 その言葉に、わたしは小さく笑う。
「ありがとう……陽翔くんも、すごく上手だよ」

 互いに褒め合うと、二人の間に柔らかい空気が流れる。
 冬の冷たい光も、雪の白さも、二人の心を温かく包み込む。



 作業がひと段落した頃、二人で絵本の最後のページを眺める。
 色が混ざり合った紙の上には、小さなキャラクターたちが笑顔で並んでいる。
 わたしの心も、少し軽くなった気がした。

「……できたね」
 小さな声でつぶやくと、陽翔くんはにっこり笑う。
「……うん、最高の絵本だ」

 その笑顔に、胸の奥がじんわり温かくなる。
 秘密を抱えて生きる日々の中で、こんな時間があるなんて――
 心の奥の不安も、少し忘れられそうだった。
絵本がついに完成した。
 厚手の紙に描かれた小さなキャラクターたちは、笑顔でページを埋めている。
 わたしは最後のページを閉じると、ほっと息をつく。

「……やったね」
 小さな声でつぶやくと、陽翔くんはにっこり笑った。

「……うん。すごくいい絵本だ。美桜の世界だ」
 その言葉に胸の奥がじんわり温かくなる。
 秘密を抱えた日常の中で、こんなに純粋に笑える瞬間があるなんて、心が震えた。



 陽翔くんは絵本を慎重に開き、一ページずつ指でなぞる。
 わたしは隣で、心臓が少し速くなるのを感じる。
 彼の視線がわたしの絵に注がれるたび、胸の奥に甘く温かい感情が広がった。

 雪が窓の外で舞い、冷たい空気の中に室内の温かさが際立つ。
 陽翔くんがそっと肩を寄せてくる。
 わたしは一瞬ドキリとするけれど、自然と体を彼に預ける。



 二人でページをめくるたび、笑い声が小さく教室のように響く。
 わたしが描いたキャラクターが陽翔くんのコメントで少し変わるたび、思わず笑ってしまう。

「……ここ、もっと笑顔にしてもいいかも」
 陽翔くんの言葉に、わたしは目を細めて笑う。
 筆を取り直し、キャラクターに少し手を加える。

 その瞬間、肩が触れ、心臓が跳ねる。
 でも、心地よい温もりに包まれ、自然と笑顔がこぼれる。



 完成した絵本を膝に置き、二人でじっと見つめる。
 小さなキャラクターたちの笑顔、色鮮やかなページ、細かい描写――
 努力が形になった達成感と幸福感に、胸がいっぱいになる。

「……本当に、ありがとう」
 思わずつぶやくと、陽翔くんは少し照れくさそうに笑う。

「……いや、俺も楽しかった。美桜と一緒に作れてよかった」
 その言葉に、胸の奥が温かくなり、安心感で満たされる。



 窓の外を見ると、雪が静かに舞い続ける。
 白い世界が、二人だけの特別な空間を包み込む。
 息が白くなる寒さの中、手をつなぐと互いのぬくもりが心に染みる。

 ページをめくるたびに、小さな物語が呼吸を始め、笑い声や温かさが流れ込む。
 肩越しに感じる陽翔くんの体温、呼吸、そして静かな存在――
 すべてが心を満たし、胸の奥がじんわりと温かくなる。



「……美桜、この絵本、誰かに見せるの?」
 陽翔くんの質問に、少し考える。
 秘密にしたい気持ちと、誰かに喜んでもらいたい気持ちが混ざる。

「……ううん、これは二人だけの宝物」
 わたしはそう答え、少し笑顔を見せる。
 陽翔くんも小さく頷き、二人の間に静かで確かな空気が流れる。



 夜が更けて、部屋の照明だけが柔らかく灯る。
 雪はますます深く積もり、外は白銀の世界。
 暖かい光と絵本のページ、そして隣の陽翔くんの存在――
 すべてが特別で、心に深く刻まれる夜だった。

 わたしはそっと陽翔くんの手を握る。
 胸の奥に少し切なさが残るけれど、温かさと幸福感がそれを包む。

(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

 小さな願いを胸に、わたしは笑顔で夜を過ごす。
 クリスマスの奇跡は、静かに、でも確かに訪れていた。