雲に乗ったような軽さ。

 身体がふわりと宙に浮かんだような感覚。

 景色はぼんやりと夢の中のように歪み、風がそっと頬を撫でる。

「楽しみ、だな」

 目の前の笑いながら、話している集団を見て、淡く感じた。


「ただいま」

 家の扉を開けて、小さく呟く。

「あ、お姉ちゃん。この問題教えてよ」

 妹が飛び跳ねるように、教科書を差し出す。

「うん いいよ」


 妹だけが受かったというだけで、妹は悪くないんだ。

 だから、妹に当たっちゃいけない。

「この問題」

 連立方程式の問題。


 ある学校では、音楽クラブとスポーツクラブがあり、どちらかに所属する生徒が合計で80人います。そのうち、音楽クラブの人数はスポーツクラブの3倍より4人少なく、音楽クラブとスポーツ裏部の両方に所属している生徒が5人います。音楽クラブだけに所属する生徒の人数を求めてください。


 こんな問題も解けないんだ。

 なのに、どうして私が負けたの。

 妹は悪くない。 

 それは分かってる。 

 だけど、どうしても認められない。

 怒りが胸の淵から湧いてきてしまう。


「出てくる情報を線で引いて」

 自分の声に後悔と苛立ちが混じる。

 どうしても、冷たい声になってしまう。

「引いたよ」

 冷たい声で言ったのに、正反対の明るい声が返ってきて、恨みたく泣きたくなってしまう。

「この文からわかる需要なところは、音楽クラブの生徒はスポーツクラブの3倍より4人少ないっていうところと両クラブの合計が80人っていうところ。そこから、連立方程式立てられる?」

「えと、x+y-5=80ってところは分かるよ。だけど、もう一つの立て方が分からない」

 問題用紙を指さしながらペンを進ませる。

 でも、ただ、その姿に少し懐かしい気持ちになった。

 どこか不器用なその手つきに、かつての自分を思い出す。

 胸の奥に懐かしさと切なさが残る。

「ねえ、莉桜(りお)って勉強好き?」

 莉桜は妹の名前。

 私は夏生まれ、妹は春生まれだから、この名前。

「教科によっては好きだよ 数学は嫌い」

「そっか」

「あのさ、お姉ちゃん私のこと嫌いでしょ?」

 その言葉に胸が詰まる。

 確かに、嫌いだ。

 妹よりも自分の方が優れているはずなのに、妹の方が賢いことになってるから。

 その想いが、心の奥底で苦しみとなって、生まれる。

「うん 嫌い だけど、莉桜が悪いわけじゃないってのは理解してる」

「それでも、私はお姉ちゃんのこと尊敬してるし、好きだよ」

 莉桜は優しいんだ。

 私なんかと違って、邪な気持ちを持っていない。

「そっか。ありがと」

 心が少し温かくなった。

「もう1つの式は、音楽クラブをxとして、重なってる5を引いた数=スポーツクラブから重なりの5を引いて、それに3倍。そこから4人少ないの4を引く式になるよ」

 莉桜は指差しをしながら、ノートにその数字を書き込んでいく。

「x-5=3(y-5)-4?」

「そう。合ってるよ」

「なるほど。ありがと」

 かっこを外して、連立方程式を解いていく。

「これで合ってる?」

 解答用紙を指さして、心配そうに尋ねる。

「うん。合ってるよ」

 そう笑い掛けた瞬間、扉の方からガチャガチャという鍵の音が聞こえた。

「莉桜。何やってるの? お姉ちゃんなんかに教えてもらわなくていいのよ わからないなら、私が教えるから」

 まなじりを吊り上げた険相の顔つきで私を睨みつける。

 どの言葉に胸が締め付けられる。

「分かったよ」

 乱暴に立ち上がって、階段を上がっていく。

 妹は唖然としていて、妹の無力さを感じてしまう。


 自分の部屋のドアを鋭く締めて、ドアにもたれかかる。

 妹も昔の私と同じだ。

 母に逆らえない。 怖いんだ。

 深くため息をついて、座り込んだ。