ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!

「白雪さん、おはよう。」
「……お、おはよう、橙山くん。」
びっ、くりした……。
春にしては暑い日差しの朝。
教室に1番についていた私は、読書をしていた。
1人、また1人と人が増えて、挨拶をする。
それ自体は何も珍しいことじゃない。
そう……
「奏真!?おまっ、はぁ!?」
橙山くんが私に挨拶をしたことを除いては。
赤羽くんはもう目をまん丸にして驚きの声をあげていた。
昨日まで橙山くんは教室に入ってくる時にペコリと小さく頭を下げるだけだった。
それが今日、私の名前と共に『おはよう』と言ったのだから、赤羽くんの反応は当然だろう。
私も一瞬言葉に詰まってしまったくらいだし。
「……新、指差さない。」
机にリュックを置きながら、橙山くんは静かに指摘する。
「誰のせいだと……!ってか、奏真。お前も白雪と仲良くなったとか言わないよな!?」
赤羽くんは橙山くんに向けた指をブンブンと上下に動かしながら、どういうことだと説明を求めるようにせっつく。
「……新には関係ない。」
橙山くんはいたって冷静に返事をしながら椅子に腰を下ろした。
「関係なくはないだろ!?なぁ、白雪。一体何があったんだ?」
橙山くんがプイッと窓へと視線を移すと、赤羽くんは今度は私の方に体を向ける。
「え、えっーと……」
どうしよう。
橙山くんが濁したことを私が言ってもいいのか分からず、困ってしまい目を逸らす。
昨日のことは、橙山くんのプライベートに深く関わることだ。
簡単に話して良いとは思えない。
橙山くんも一刀両断してたし、話したくないのかも。
そう思っていたこともあって、どう言おうかと迷ってしまったのだ。
「……新、白雪さんを困らせない。」
チラッと横目でこちらの様子を確認した橙山くんが助け舟を出してくれる。
「いや、お前が話さないからだろ!?」
何で俺が悪いみたいになってるんだ?と反論する赤羽くんを橙山くんは涼しい顔で受け流している。
スルーされた赤羽くんはさらに突っかかって……あー、橙山くんに冷たい視線を送られてる。
「おはよう。朝から賑やかだね、何かあったの?」
緑川くんは2人に視線を送った後、自席にカバンを下ろしながら不思議そうに尋ねてきた。
「あっ、緑川くん。おはよう。ちょっとね……」
何て答えたら良いのかわからず苦笑いを浮かべる。
「おっ、春翔!ちょうどいいところに!」
私が答えるのとほぼ同時に緑川くんがいることに気づいた赤羽くんが手を振りながらこちらに来た。
た、助かったかも。
「どうしたの?」
「実はさ……」
赤羽くんが先程の出来事を伝えると、緑川くんは私の方を見た。
「奏真まで手懐けちゃうなんて、流石だね。」
そして、そんなことを言い出したのだ。
驚いた私は固まった後、ぶんぶんと否定するように首を振った。
赤羽くんがまじか!って顔してこっちを見ているけど、違うから!
「て、手懐けてなんてない!そんなことないから!」
緑川くん笑ってるけど、冗談にしても程があるからね。
赤羽くん、真に受けちゃってるよ?
ダンッ
突然後ろから大きい音が聞こえてきて、教室が静まり返る。
「……少し、静かにしていただけますか?」
注目を集めたその人——青柳くんは冷たい口調でそう言った。
視線を一切こちらに向けずに。
どうやら教科書を机に置いた時の音らしいと思いながら、うるさくし過ぎたなと反省する。
「うるさかったかもしんないけど、その態度は——」
「新、ストップ。」
赤羽くんを緑川くんが静止させる。
「今はそっとしておこう。」
落ち着かせるように肩に手を置いて、何とか赤羽くんを宥めた緑川くんは私の方を見た。
「どうやら煌はご機嫌斜めみたいだ。白雪さんも気にしないでね。」
「……うん」
幼馴染の緑川くんにそう言われてしまったら、私からこれ以上追求することもできない。
そう思って素直に頷いた。
青柳くん、何かあったのかな……。
そんな疑問を残したまま、授業の始まりを告げるチャイムがなったことで私は意識をそちらに持って行ったのだった。
 
 *
 
「……じゃあ、また。」
放課後。
私が荷物をまとめていると、橙山くんが扉に手をかけながら、私の方を振り返った。
「うん、また明日。」
私は手を振り返して、教科書を鞄に詰める。
橙山くん、今日は早いんだな。
いつも遅くまで残っているイメージがあったから、不思議な感じだ。
今までは何をしてるんだろうと少し疑問に思うだけだったけど、昨日ピアノの練習をしていたとわかったから余計に珍しい、と感じてしまう。
今日は練習お休みなのかな?
少し橙山くんの出ていった扉を眺めていると、一部始終を見ていたのであろう緑川くんがこそっと耳打ちしてくれた。
「今日はお母さん直々のレッスンがあるんだって。」
「そうなんだ!ありがとう。」
なるほど、それであんなに急いでたのか。
理由がわかって、私も帰ろうと鞄を持ったところで緑川くんに呼び止められる。
「待って、白雪さん。今日は部活がオフだから、良かったら一緒に帰らない?」
「もちろん!」
緑川くんと話すのは楽しいし、特に先約もなかった私は即答する。
「良かった。それじゃあ——」
「俺も!俺も今日部活ないから一緒に帰っても良いか?」
緑川くんの言葉を遮るようにして赤羽くんが割って入る。
あ、緑川くんが笑顔のまま固まってる。
「私は大丈夫だけど……」
緑川くんはどうかなと思って視線を送ると、ニッコリと笑われた。
「俺もいいよ。」
「よし、決まりだな!あっ、玲央と煌も一緒にどうだ?」
私は赤羽くんの言葉にギョッとして2度見してしまった。
今日の朝、喧嘩的なのをしていたばっかりだよね?
それなのに誘える赤羽くんの勇気が素直にすごいと思ったからだ。
「いいね〜。久しぶりにみんなで帰ろ!」
桃瀬くんはノリノリだ。
一方青柳くんは……うわぁ、明らかに不機嫌そう。
一応こっちを見てくれてはいるから、さっきよりは大丈夫そう、かな?
「私は遠慮しま——」
「煌もオッケーだな!5人で帰るぞ!」
ええっ!?
今断りかけてたよね。
赤羽くんは強引に青柳くんの腕を引っ張って立たせていた。
それ、大丈夫なの?……あぁ、やっぱり嫌そうな顔してる。
「あの、緑川くん。止めなくて良いの?」
私は不安になって緑川くんに小声で聞く。
「うん、今の煌は大丈夫。むしろ良い気分転換になるんじゃないかな。」
私には朝と今の違いがよく分からないけど、きっと幼馴染の2人にはわかるものがあるんだろう。
緑川くんが大丈夫って言ってるんだし、私がこれ以上踏み込むことでもないよね。
そう判断して、私達は教室を後にする。
 
 *
 
「あれ、どうしたんだろう?」
最初に異変に気づいたのは桃瀬くんだった。
指を指したその先に視線を移すと、そこには人集りができていた。
なんだろう。
私達は顔を見合わせた後、人混みへと足を運ぶ。
「おい!地味で眼鏡の女はどこだ!?早く出せ!」
途端に怒声が聞こえてきて、歩くスピードを早めた。
何かあったのかもしれない。
そんな焦りがあったからだ。
人混みをかき分けて、中央がやっと見えた私は息を呑んだ。
橙山、くん!?
ドス黒い声を上げたのであろうその人が首に手を回して、人質だと言わんばかりに見せびらかしていたのは、さっき別れたはずの橙山くんだった。
一体、何がどうなって……。
状況がうまく飲み込めず、みんなの方へと体を向ける。
その瞬間、視界の端を何かが通り過ぎた。
「奏真を放せ……!」
その声を聞いて、振り返らずとも“何か”の正体がわかってしまう。
赤羽くん……。
人の輪よりも数歩前に出て、私達の間に立ちはだかっている。
「こいつは奏真って言うのか。いや、そんなことはどうでもいい。早く地味眼鏡を出せ!そしたら解放してやるかもな?」
……っ、この人達!
私は喋っている人ではなく、その後ろにいた数名に目を向けて、ハッとする。
恐喝犯の……!
じゃあ、この人達が言っている地味眼鏡って、私のこと……?
まさか腹いせにここまできたの……?
そんな考えがよぎり、サアッと血の気が引く。
緑川くんも見覚えのある顔に気づいたのか、私を後ろに隠すようにスッと前に出た。
「奏真の名前はどうでも良くなんてないし、そもそもお前の特徴に当てはまるやつなんて大勢いる!」
いや、大勢いなくはないんだけど!
……私が目的なら、橙山くんを助ける為にも出た方が良い、よね。
私は一歩前に出る。
「ダメだよ、白雪さん。あんな奴らの言うことなんて聞いちゃ。」
すると、すぐに緑川くんに止められてしまった。
「でも、私が行かないと橙山くんが……!」
私の訴えに、緑川くんは困ったように眉を下げた。
「白雪さんならそう言うよね。でも、行ったらダメだ。何をされるか分からないんだから。」
「私なら、大丈——」
「大丈夫なわけないだろ!」
いつもの優しい口調ではなく、その珍しい乱暴な口調に私は動きを止めた。
「いくら強くても、怖いものは怖いんだから。」
「ほら、その証拠に足が震えてる」そう言って、まるで大丈夫だと安心させてくれるように頭を撫でてくれる。
確かに、怖くないと言ったら嘘になる。
勝てる……そうわかっていても、自分より身長も肩幅も広い相手を前にするのは怖いに決まっている。
それに……
私は1番後ろでこの状況を一歩引いて見ている人に視線を送った。
あの人は……
「これじゃあ、埒が開かない。」
まずい。
あの人が動き出してしまった。
私は咄嗟に構える。
「……っリーダー!しかしっ——」
顔の前に手のひらを向けられると、ピタッと動きを止めた。
まるでそれ以上動いたら何かあるかのように。
まだ何もしてないのに、たった一挙で……。
……あの人は強い。
嫌でも肌で感じてしまう。
「……お前、だろ?」
「……っ」
目があった……そう思った瞬間に口にされた言葉に私は息を呑む。
「こいつ、ですか?いかにも弱そうですが……」
戸惑ったようにそう言う男に、リーダーと呼ばれた男が一瞬だけ視線を送ると、今度はビシッと姿勢を正した。
俺が間違っているとは言わせない……そんな有無を言わせない恐ろしさがあった。
「……で、どうする?出てこないんなら、こいつはどうなっても良いのか?」
……っなんて卑怯なの!
私は咄嗟に緑川くんの前に出ようとした。
「どうして……」
だけど、緑川くんだけでなく桃瀬くん赤羽くんそして青柳くんまでもが私の前にまるで守るように立ったことでそれは叶わぬものになってしまった。
「白雪さんは俺にとってもう大切な人だから。」
「女の子が危険な目に遭うのに黙って見るわけにはいかないからね。」
「白雪は俺らの仲間だからな!」
「……ただ、こいつらが許せないだけです。」
その言葉に、胸が一杯になった。
緑川くんは私が戦えることを知っているのにそれでも庇ってくれる。
桃瀬くん、手が震えてる。
きっと怖いだろうに、私のために前に出てくれているんだ。
赤羽くんは私のこと仲間だって……。
青柳くんに至っては嫌われてるとばかり思っていたのに、こうやって守ってくれて……。
ぎゅっと拳を握った。
ここまで、思ってくれる人がいる。
それがどんなに嬉しいことか。
「騎士(ナイト)気取りか?」
馬鹿にしたようにみんなを笑うその男を真っ直ぐに見た。
この人に敵うかどうかわからない。
本当は、すごく怖い。
だけど……!
だけど、みんなのためにここで私が動かないでどうする!
誰かを守る為に、この力を使わなくて一体いつ使うの。
自分に問いかける。
……もう、答えは決まっていた。
「白雪さん?」
「白雪ちゃん……?」
緑川くんと桃瀬くんの戸惑ったような不安そうな声が聞こえる。
「……私が、相手になります。」
私は、決意を固めて前に出たのだった。