ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!

俺は小さい頃から体が弱かった。
病弱で、季節の変わり目には必ず風邪をひくし、少しでも体を冷やすと寝込むことも多かった。
身長だって同年代の他の子と比べると小柄で、列に並ぶ時は前から数えた方が早いくらい。
そんな俺は自分より弱い奴しか虐められないようなそんな奴らの恰好の標的だった。
多分、俺が女子にモテていたのもその要因の1つだろう。
「お前みたいなチビがなんでチヤホヤされんだよ!?」
「体が弱いからなんだか知らないけど、気にかけられてるからって良い気になるなよ!」
ある日の帰り道。
いつもは幼馴染と帰っていた道を1人で歩いていると、クラスで1番の乱暴者だと言われる男子に声をかけられた。
またか……。
今日は冷えるから早く帰りたいんだけどな。
関わると碌なことにならないと悟った俺は無視を決め込んで足を進める。
「っおい!無視すんなよ!」
それが火に油を注いでしまったようで、ドンっと後ろから押された。
「……っぅ」
俺より体格のいい人に押されて踏みとどまれるわけもなく、盛大に転んでしまった。
コンクリートの地面に足を擦りむき血が流れる。
俺はその痛みに顔を歪めた。
いつもなら守ってくれる兄は部活。
幼馴染も今日は用事があって誰1人いない。
こうやって考えると、自分がどれだけ守られてきたのかわかる。
本当、俺1人じゃ何もできないんだな。
そんなことを頭の片隅に置きながら、この状況をどう切り抜けるのかに思考を巡らせる。
「すました顔しやがって。」
怪我をさせて少し驚いたように見せた後、声が上澄ながらもまだ悪態をつくクラスメイトの姿にため息が漏れそうになる。
「お、おいまずいよ。」
隣にいた方はこの場から一刻も離れたいようだった。
「お前が気に入らないって言ったんだろ!?いいのか、このままだとゆみを取られたままだぞ!」
“ゆみ”……確か隣のクラスの女子にそんな子がいたっけ。
なるほど、こいつはその子のことが好きなのか。
……ってことは今日話しかけてきた子がゆみって子で、それを見られてたってわけね。
ようやく事情を理解した俺は呆れて何も言えなくなった。
それだけで普通、ここまでするか?
いくら好きだからってこんなに行動ができることに理解ができなかった。
「いいか!絶対にゆみに近づくなよ!」
……この時の俺は幼かった。
ただ頷けば良かったのに、あまりの理不尽さに睨み返してしまったのだ。
「んだよ、その顔。」
そしてやはりというべきか、さらに怒らせてしまった。
カッと頭に血が上ったやつがどれほどのことをできてしまうのか、この時の俺は知らなかった。
拳が握られ、思いっきり振り下ろされそうになったことでようやく理解させられる。
誰かに至近距離で悪意を向けられたことのなかった俺の足はすくんで動けなくなる。
あぁ、こうも怖いものなんだ。
体は思うように動かせないのに嫌に頭は冷静で、そんなことを思う。
「なにしてるの!?」
痛みを覚悟した瞬間のことだった。
すぐ側にある公園から現れた少女が声を上げる。
それに驚いたのか、拳は顔の目の前で静止していた。
スーッと冷や汗が頬を伝う。
「はぁ!?お前には関係ないだろ!」
邪魔されたのが癪に触ったのか、怒鳴るように女の子に言い放つクラスメイト。
俺はヒヤヒヤとしながらことの成り行きを見守るしかできなかった。
「関係ならあるよ!あなたが弱い者いじめをしているのなら、私は目撃者としてそれを止めなければならないもの。」
「意味わかんねー。俺は女でも容赦しないぜ!?」
そう言うや否やその少女の方に向かっていく。
止めないと……そう思うのに、俺の足は言うことを聞いてくれなかった。
体格が違いすぎる。
しかも女子だ。敵うわけない。
瞬時に判断した俺は、巻き込んでしまうわけにはいかないと手を伸ばした。
だけど、届くはずもなく……。
空を切っただけで終わったその視界の先で、少女が舞ったように見えた。
驚いて目を瞬かせる。
その時にはもう、クラスメイトは地面に倒れていた。
一体、何が起きて……。
状況が掴めず、立ち尽くす。
そんな俺に少女は近づいてきた。
「大丈夫?」
コテンと首を傾げる少女。
……かわいい。
「……う、うん。」
なんとか頷いた俺の頬は赤く染まっていた。
「よかったぁ。」
ふにゃっと笑ったその笑顔に、心臓がバクバクと音を立てる。
「……君も、悪いことはしちゃダメだよ?」
少女が残っていたもう1人の方に声をかけると、「すみませんでした」と逃げるようにその場をさってしまった。
「助けてくれてありがとう。」
やっとのことでお礼の言葉を口にした俺に少女はニッコリと笑う。
「どういたしまして!」
「はるちゃん!大丈夫!?」
その言葉とちょうど被るように、幼馴染の声が聞こえて俺は視線を移した。
「どうしてここに……」
今日は用事があるって……。
「用事が思ってたより早く終わったんだよ。そしたら今日は誰もはるちゃんと一緒じゃないって知って急いできたの!」
心配症だなぁなんて普段は軽く流すところだけど、何せさっき酷い目にあったばかりだ。
「そうだったんだね。心配かけてごめん。」
それで俺は申し訳なさから謝った。
「違うと思うよ。」
「えっ?」
すると黙って俺たちのやりとりを聞いていた少女は可愛らしい鈴の声を鳴らした。
違うって、何が?
疑問に思って少女を見ると、その大きな瞳で俺と玲央を交互に見つめた。
「多分『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』って言って欲しいと思うの。だって心配で来てくれたんだよ。それくらい君のことが大好きってことでしょ?」
少女に言われた玲央は図星を突かれたように頬を赤く染める。
「私だったら大好きな人の暗い顔よりも明るい顔を見たいなぁ。」
なるほど……。
そこでようやく俯いた顔を上げて玲央の方を見た。
玲央、悲しそうな顔してる。
それを俺は言われるまで気づかなかったんだ。
「ありがとう。」
「! うんっ!」
玲央が弾けるように笑ったことで、俺もつられて笑顔になる。
「……って、大変!怪我してる!」
満足そうに俺たちを見ていた少女は俺の膝で目を止めて声を上げる。
「あぁ、これはさっき転んで……」
「取り敢えず洗わなきゃ!」
俺の手を掴んだ少女は公園の水飲み場まで連れて行ってくれる。
「まずはゴミを落として……大丈夫?痛くない?」
心配そうに瞳を覗く少女の顔が思ったよりも近くて、俺は「大丈夫……」と顔を背けながら答える。
こんなに女子と近づいたことなんてなかったし、そのせいだと思いたかった。
だけど多分、この時にはもう既に恋に落ちてしまっていたのだろう。
「絆創膏、これ使って。……よし、これで良いかな。」
傷口を洗い終わると、少女はハンカチで拭いてくれ絆創膏を優しく張ってくれた。
「あ、ありがと……」
「ううん、そんなに大きな怪我じゃなくて良かった!」
少女が笑うたびに心臓は煩いほど音を立てる。
そこでようやく気づいてしまった。
俺は、この子を好きになってしまったんだということに。
前言撤回しなくちゃな。
好きな子の為になら、どんなことでもできそうだ。
今なら少しだけあのクラスメイトの気持ちが分かったような気がした。
……もちろん、悪いことはダメだけど。
「あっ、私そろそろ帰らなくちゃ!またね!」
ふと時計を見上げた少女は慌てたように口早にそう言って、走って行ってしまった。
残されて俺たちはしばらく呆然としてしまう。
まるで嵐の後のようだ。
急に花がなくなったように物足りなさを感じてしまいながらも、何故か大人しい玲央の方へと視線を向けた。
「玲央?」
「……どうしよう、はるちゃん。僕、あの子のこと好きになっちゃったかも。」
「……えっ!?」
どうやら玲央は好きな子の前で話せなくなるタイプのようだと思いながら、俺はいきなり親友がライバルになってしまったことに焦りを隠せなかった。
「はるちゃんもだよね?」
「……」
玲央の鋭い指摘に、俺は何も答えられなかった。
「はるちゃん?」
「……そうだよ。言っとくけど、絶対に譲らないから。」
もう一度玲央に名前を呼ばれ、俺はようやく決意を言葉にする。
「うん、僕も負けないよ。」
多分俺が譲るって言うよりも良い顔してるよ。
なんて心の中で思いながら俺は初恋を噛み締めたのだった。
 
 *
 
「兄さん、かっこよくなるにはどうしたらいい!?」
家に帰った俺は部活帰りの兄を捕まえて、そう問いかけた。
俺の兄はものすごく女子から人気がある。
1番身近で参考になる人材と言えるだろう。
「えっ、何々!?どうしたの、春翔。」
突然のらしくない言葉に兄さんは戸惑いを隠せないようだった。
だけどお構いなしに俺は「どうなの?」とさらに追撃をする。
玲央は俺よりも身長だってあるし、よく告白をされているのも見る。
相手にとって不足なしとはこのことだろう。
だから俺も負けないくらい、彼女に振り向いてもらえるくらい努力しないといけないと思った。
「うーん、春翔は顔立ちは良いからな。あとはやっぱり、運動して体力をつけたら良いんじゃない?」
「運動……ね。なら、俺もバスケやる。」
「おぉ、ついに春翔が!よし、兄ちゃんがしっかり教えてやるからな!」
嬉しそうに「今日はお祝いだ!」と言う兄さんを横目に俺はまずはあの子が誰なのかはっきりさせないとなんて呑気に考えていた。
まさか探し出すのに3年以上掛かるとはこの時の俺が知るはずもなく……。
ただ道が見えてきた俺は次あったら何を話そうなんて楽観的に考えるばかりだった。
 
 *
 
あれから3年。
少女に関して何も手がかりを得られないまま俺は中学生になっていた。
バスケを始めてからは体力もついて、自然と体も丈夫になって行った。
そして身長も伸び、いつの間にかバスケではエースを任されるようになっていた。
ようやくあの子に会えるほど自信はついたのに、未だに見つけられない。
諦める気はさらさら無いとしても、流石にそろそろ足がかりを得たいと考えていた矢先のこと。
俺はある少女に出会った。
分厚いレンズにおさげの女の子。
その子は他の女子とは違って熱のこもった視線を送ってこなかった。
むしろ嫌そうな表情を浮かべた彼女に興味を惹かれた俺は、一歩近づく。
……残念。逃げられちゃったか。
俺の行動をいち早く察したその子は体育館の人混みに隠れてしまった。
その子が同じクラスであることと首席だと知ったのはそのすぐ後のこと。
それで腑に落ちた。
煌を抑えて首席になった子が只者ではないと思っていたけど、俺たちに興味がないと知って納得してしまった。
煌は県内では知らない人はいないほど頭の良さで有名だった。
七星だって首席で受かるだろうと誰もが信じていたくらいだ。
井の中の蛙大海を知らず、とはまさにこのことだ。
煌にとっては良い刺激になっただろうな。
そう言えば、首席が女子って知った時、嬉しそうだったような……?
でも、白雪さんが首席だと知った後はやけにあたりが強かった。
理想と違っていたからなのか、はたまた悔しさをうまくコントロールできなかったか。
白雪さんのことでつつくと珍しくムキになるから、俺も揶揄いすぎたところはあったけど、自分の感情を周りにぶつけるようなやつではないんだけどな。
煌の行動に少しの疑念を抱きながらも、俺の新しい学校生活は概ね順調に進んでいた。
ただ1つ、白雪さんとの関係を除けば……。
「白雪!今日食堂に飯食べに行こうぜ!」
新がいつものように白雪さんを誘う。
「私、お弁当持ってきてるから。」
で、白雪さんが断る。
もはやパターン化してしまったこのやりとりを俺はよく新もやるよなぁと思いながら見ていた。
同じクラスに男子しかいなかったから多少の壁はできるだろうけど、それにしても白雪さんのこと鉄壁には何か理由がありそうだ。
そう推測を立てたその日のこと。
白雪さんが隣のクラスの女子に呼び出されているのを目にしてしまった。
さて、どうするか……。
見てしまったからにはどうにかするべきだよな。
一応クラスメイトだし。
そう結論づけて、後を追う。
やっぱり、これが原因か……。
女子数人で白雪さんを囲って、俺たちに近づくなと脅しをかけている姿を目にし、今までの白雪さんの行動にも合点がいく。
俺たちを避けてたのはいじめが悪化するのを防ぐため……。
うーん、流石に元凶の俺が見過ごすわけにもいかないか。
穏便に解決するには……
「……!」
考え込んだ矢先に視界の端にとらえたのは、今にも白雪さんが叩かれそうになっているところだった。
「……へぇ、裏ではこんなことしてたんだ?」
居ても立っても居られず、気づけば物陰から姿を現してしまった。
自分で思っていたよりも低い声が出たことで、怒っているんだと気付かされる。
他人の揉め事に介入するなんて、俺にもあの子の正義感が移っちゃったのかな。
なんとか女子達を追い払えた後、
「……ごめん、なさ……」
俺に謝る白雪さんに自分の過去の姿が重なった。 
「白雪さん。こういう時は、『ありがとう』だよ?」
あの日彼女が言ってくれた言葉。
俺は謝られるよりも、白雪さんに「ありがとう」って言って欲しい。
そっか、あの時の玲央はこんな気持ちだったのかな。
「ありがとう!」
「……っ」
白雪さんが弾けるように笑ったその姿が、今度は幼い頃の彼女と重なった。
あれ……、おかしいな。
俺はあの子のことが好きなはずなのに、なんで白雪さんに……。
自分の気持ちもわからないまま、時はすぎて行く。
そしてあの見回りの日。
彼女が戦う姿を見て、確信した。
あの子だ……!
こんなに隙がなくて綺麗な戦い方するのは、記憶の中の少女だけだと、そう直感した。
「白雪、さん……?」
彼女がこんなに近くにいたことに驚きながらも、名前を呼ぶ。
だけど、反応はなかった。
もしかして、聞こえてない?
「白雪さん?」
もう一度彼女に呼びかける。
……顔を見たい。
そんな気持ちが溢れた行動だった。
だけど……
「……っ、何かあったら私がやったって言って下さい!それじゃあ用事があるので私はこれで!」
そう言って走って行ってしまう。
「えっ、白雪さん!?待って……!」 
慌てて呼び止めるものの、時すでに遅し。
白雪さんの背中がもう見えなくなりかけていた。
まるで、何かに怯えていたような、そんな印象を受ける。
「……やっと見つけた」
自然と口角が上がる。
何に怯えているのかは気になるが、念願のあの子に会えたことへの喜びが勝つ。
……っと、今は後始末が先かな。
白雪さんがあの子なら、困った状況にはさせたくない。
うーん、目撃者は2人……か。
公園のすぐ横のアパートに1人、入り口で隠れて様子を伺っていた人が1人。
この人たちが学校にクレームなんて入れたら、たまったもんじゃない。
俺はすぐさまポケットからスマホを取り出して、とある人物に電話をかけた。
彼女の行動を無駄にしない為に。
……それにしても、明日から楽しみだな。
まさか初恋の子と同じ学校に通えるなんて、夢にも思わなかった。
玲央には……自分で気づくまで黙っていよう。
そう決めて俺は公園を後にしたのだった。