セレスティア城の周りには虹色の花が咲き乱れ、小さな妖精たちが楽しそうに飛び回っていました。
 このお城に、魔法使いのお姫様、ルナが住んでいました。
 ルナ姫は十二歳。金色の髪がお日様の光のように輝き、青い瞳は澄んだ湖のように美しい女の子でした。
 優しくて勉強熱心な彼女には、一つだけ大きな悩みがありました。それは、魔法を使ったお料理がどうしても上手にできないことでした。
 今日もルナ姫は、お城の大きなキッチンで魔法料理に挑戦していました。
 白いエプロンをつけて、星の形がついた魔法の杖を握りしめています。
「今日こそ、きっとおいしいスープが作れるはず」
 ルナ姫は深呼吸をして、魔法の呪文を唱えました。
「キラキラ、ピカピカ、おいしいスープになあれ! えいっ!」
 杖の先から青い光が飛び出して、お鍋の中にくるくると舞い込みます。
 でも、その瞬間、お鍋から真っ黒な煙がもくもくと立ち上がってきました。
「きゃー!」
 スープは真っ黒に焦げて、石炭のようになってしまいました。キッチンには苦い煙が立ち込めて、ルナ姫は咳き込んでしまいました。
「ルナ姫……また失敗ですわねぇ……」
 慌てて駆けつけてきたのは、お城の料理長、マリーおばさんでした。マリーおばさんは白い髪をきちんと結んだ、とても優しいおばあさんです。もう何十年もお城で働いていて、王様が子供の頃からお料理を作ってきました。
「ごめんなさい、マリーおばさん。また失敗しちゃった」
 ルナ姫は涙目になって謝りました。
「大丈夫ですよ。でも、ルナ姫、魔法料理にはコツがあるのです」
 マリーおばさんは窓を開けて煙を外に出しながら、優しく言いました。
「魔法には気持ちを込めることが大切なのです。ただ杖を振るだけではだめですよ」
「気持ちを込める?」
「そうですよ。誰のために作るのか、どんな味にしたいのか、どんな気持ちで作るのか。それを魔法に込めるのです」
 ルナ姫は自分なりに考えてみました。
 でも、よくわかりませんでした。

 それからも、ルナ姫は毎日毎日、魔法料理の練習を続けました。
 クッキーを作ろうとしたら、岩のように硬くなってしまいました。
 ケーキを作ろうとしたら、スポンジは石のようになってしまいました。
 オムレツを作ろうとしたら、卵が爆発してキッチン中がどろどろになってしまいました。
「もう……イヤになっちゃう……」
 ルナ姫は自分のお部屋でため息をついていました。
 窓の外には満月が輝いていて、小さな星たちがチカチカと瞬いています。
「どうして私だけ、魔法料理ができないの? 他の魔法ならできるのに……」
 ルナ姫は、花を咲かせる魔法や、動物と話す魔法、雲を作る魔法は上手にできました。
 でも、料理の魔法だけはいつも失敗してしまうのです。

 そんなルナ姫を見て、お部屋にいた妖精のピピが心配そうに言いました。
「ルナ姫、元気出すっぴ。いつか上手になるっぴ」
「本当にそうかしら?」
 その時、お部屋のドアをコンコンとノックする音がしました。
「ルナ、入ってもよいか」
 王様の声でした。ルナ姫は慌てて立ち上がって、ドアを開けました。
「お父様」
 王様はとても優しく、いつも国民のことを大切に思っています。
「どうしたのかな、ルナ。悲しそうな顔をしているが」
「お父様、私の魔法料理はいつも失敗ばかりです。どんなに頑張っても、どんなに練習しても、うまくいかないんです」
 ルナ姫は、魔法での料理がいつも失敗してしまうことを正直に王様に話しました。王様は黙って最後まで聞いてくれました。
「そうか、そうか。ルナよ、魔法料理を極めたいというおまえの熱意は、我が娘ながら素晴らしいものじゃ。そんなに魔法の力を高めたいのなら……上達の秘密は、実はこの城の外にあるのじゃ」
「城の外?」
「そうじゃ。昔、わしも若い頃に魔法の力が伸び悩み、おまえと同じような悩みを持っておったんじゃ。その時、わしの師匠がこう言ってくれた。広い世界に出て、いろいろな人に出会い、たくさんの経験を積むことで、魔法の心を学ぶことができると」
「魔法の心?」
「料理というのは、ただ材料を混ぜて火を通せばよいというものではない。そこには作る人の心、食べる人への愛情、材料への感謝、そういったものがすべて込められている。魔法で料理を行うときも、そういった心をたいせつにせねばならぬ」
 王様の言葉に、ルナ姫はドキドキしました。
「だがな、それを学ぶには、この城の中にいるだけでは足りぬのじゃ。どうだ、魔法修行の旅に出てみるというのは」
「修行の旅に? それは一人で?」
「心配はいらぬ。ルナはもう十二歳。それに、シルバーも一緒に行ってくれる」
 シルバーは、ルナ姫の愛馬でした。真っ白な美しい馬で、空を飛ぶことができる魔法の馬です。
 ルナ姫が生まれた時からずっと一緒にいる、大切なお友達でした。
「旅に出れば、魔法料理が上手になるでしょうか?」
「ただ、旅をするだけではだめだ。上達にするには条件がある」
「条件?」
「謙虚な心を持って、出会う人すべてから学ぶこと。自分はお姫様だからといって威張ってはならぬ。国民と同じ目線で、一緒に働き、一緒に学ぶのじゃ」
 ルナ姫は大きくうなずきました。心の中で、もう旅に出ることを決めていました。
 その夜、ルナ姫は興奮してなかなか眠れませんでした。明日から始まる新しい冒険のことを思うと、胸がワクワクしてきます。

 次の日の朝、太陽がお城の窓から優しい光を注ぎ込んできました。
 ルナ姫は早起きをして、旅の支度を始めました。
 小さなピンク色のリュックサックに、魔法の杖、着替え、それから王様からもらったお金を入れました。マリーおばさんが作ってくれたお弁当も忘れずに入れました。
「ルナ姫、気をつけて行ってらっしゃい」
 マリーおばさんは心配そうに言いました。
「大丈夫です。きっと素晴らしいことを学んで帰ってきます」
「そうですね。でも、無理は禁物ですよ。困ったことがあったら、すぐにお城に戻ってきてくださいね」
 王様もお見送りに来てくれました。
「ルナよ、この旅で本当に大切なものは何なのかを見つけるのじゃ。それは魔法の技術だけではなく、おまえの人生、そのものに役立つはずじゃ」
「はい、お父様! 行ってきます!」
 ルナ姫はシルバーの背中に飛び乗りました。シルバーは嬉しそうにいななきました。
「シルバー、一緒に頑張ろうね」
「もちろんです、ルナ姫。どこへでもお供いたします」
 ルナ姫は魔法使いでもあるので、シルバーと言葉をかわすことができるのです。

 ついに旅が始まりました。
 雲の上を飛びながら、ルナ姫は下の景色を眺めました。緑の森、青い川、小さな村々。すべてが新鮮で美しく見えました。
 最初に立ち寄ったのは、山のふもとにある小さな村でした。
 村の中央には石畳の広場があって、その周りにかわいらしい家々が並んでいます。どの家も花でいっぱいに飾られています。
 その村でルナ姫が気になったのが、角にあるパン屋さんでした。レンガ造りの建物で、煙突からは白い煙が上がっています。お店の前には「トムのパン屋」という木の看板がかかっています。
 天馬シルバーから降り、お店に近づくと、なんとも言えない良い香りが漂ってきました。焼きたてのパンの香ばしい匂いです。ルナ姫のお腹がぎゅるると鳴りました。
「お腹空いちゃった。パンを買いましょう」
 ルナ姫はお店に入りました。
「いらっしゃいませ」
 奥から出てきたのは、真っ白なひげを蓄えた、優しそうなおじいさんでした。パン職人のトムおじいさんです。手には小麦粉が付いていて、エプロンも真っ白でした。
 お店の中には、焼きたてのパンがずらりと並んでいました。丸いパン、細長いパン、甘そうなデニッシュ、ふわふわのロールパン。どれもおいしそうで、ルナ姫は目を輝かせました。
「どれにしようかしら……」
「お嬢ちゃんは旅の人かい? 見慣れない顔じゃが」
「はい。私は魔法料理を学ぶために旅をしています」
 トムおじいさんの目が優しく輝きました。
「ほほう、魔法料理とな。それは素晴らしい! 実はわしも若い頃、少しだけ魔法を学んだことがあるんじゃ」
「本当ですか?」
「ああ。でも、今は魔法を使わずにパンを作っておる。なぜだかわかるかい?」
 ルナ姫は首を傾げました。
「わかりません。魔法を使った方が楽なのに、どうしてですか?」
「パン作りで一番大切なのは、時間と愛情なんじゃ。魔法を使うと早くできる。でも、その分大切なものを失ってしまうんじゃ」
「大切なもの?」
「生地をこねる時間、発酵を待つ時間、オーブンで焼き上がりを見守る時間。その一つ一つが、パンに愛情を込める大切な時間になるんじゃ」
 トムおじいさんは、ルナ姫を作業場の奥に案内してくれました。そこには大きな木のテーブルがあって、小麦粉やイーストなどが並んでいました。
「せっかくじゃから、一緒にパンを作ってみるかい?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 ルナ姫は大喜びでエプロンを借り、トムおじいさんのとなりに立ちました。
「まずは材料を混ぜる。小麦粉、塩、イースト、それから水。どれも大切な役割があるんじゃ」
 トムおじいさんは一つ一つの材料を説明してくれました。
「小麦粉は、パンの体になる部分じゃ。小麦粉は、農家の人が一生懸命育ててくれた小麦から作られておる。そして、塩は味をつけるだけでなく、生地を引き締める役割もあるんじゃ。イーストは生き物じゃ。この小さな菌がパンを膨らませてくれるんじゃよ。水は全部をつなげる大切な役割じゃ」
 材料を混ぜて、ルナ姫は生地をこね始めました。
 最初はべとべとして、うまくこねることができませんでした。
「焦ってはダメじゃ。ゆっくり、優しく、愛情を込めてこねるんじゃ」
 トムおじいさんが、かわりにこねはじめました。おじいさんの手を見ていると、まるで生地が生き物のように変化していきます。しだいにまとまっていき、つるつるした表面になってきました。
「私にもやらせてください!」
 ルナ姫も一生懸命こねました。最初は力を入れすぎていましたが、だんだんコツがわかってきました。
「そうじゃ、そうじゃ。生地に話しかけるような気持ちでこねるんじゃ」
 三十分ほどこねていると、生地がとてもなめらかになりました。
「よくできた。次は発酵じゃ」
 生地をボウルに入れて、湿らせた布をかけました。
「これから一時間ほど待つ。生地がゆっくりと膨らんでいく」
「一時間も?」
「そうじゃ。この時間が一番大切なんじゃよ。イーストがゆっくりと働いて、パンに風味をつけてくれるんじゃ。魔法で発酵させてしまったら、この大切な時間を味わうことができんのじゃ」
 待っている間、トムおじいさんはルナ姫にお茶を入れてくれました。村で採れたハーブを使った、とても香りの良いお茶でした。
「トムおじいさん、どうしてパン職人になったんですか?」
「わしの父も、祖父も、みんなパン職人じゃった。子供の頃から、パンを作る父の背中を見て育ったんじゃ」
 トムおじいさんの目が遠くを見つめました。
「父がよく言っておった。パンは命を支える大切な食べ物、だからこそ、心を込めて作らねばならぬと」
「ステキですね!」
「わしも最初は、魔法を使えばもっと楽にできると思っておった。でも、ある時気づいたんじゃ。手で作る温もり、時間をかける愛情、これらは魔法では作り出せないものだと」
 一時間後、生地を見てみると、見事に二倍の大きさに膨らんでいました。
「わあ、膨らんでる!」
「そうじゃろう。これが生き物の力じゃ。今度は生地を分けて、形を作る」
 生地をいくつかに分けて、丸い形に整えました。ルナ姫も見よう見まねでやってみましたが、なかなか丸くなりません。
「焦らんでもよい。最初はみんなそうじゃ。大切なのは、愛情を込めることじゃ」
 形を整えた生地をもう一度発酵させて、それからオーブンで焼きました。
 オーブンの中で生地がだんだん膨らんで、きれいな茶色になっていきます。
「いい匂い!」
「そうじゃろう。この匂いが、わしは一番好きなんじゃ」
 三十分ほどして、パンが焼き上がりました。
 トムおじいさんがオーブンから取り出すと、美しい焼き色のパンが完成していました。
「できた!」
 ルナ姫は大興奮です。
「熱いから気をつけるんじゃよ」
 少し冷ましてから、パンを半分に割ってみました。中はふわふわで、湯気が立ち上がりました。
「食べてみるかい?」
 ルナ姫は一口食べてみました。
 とても香ばしくて、優しい甘さがありました。
 今まで食べたどんなパンよりもおいしく感じました。
「おいしい! こんなにおいしいパンは初めて」
「それは、ルナちゃんが愛情を込めて作ったからじゃよ」
「愛情を込めて?」
「そうじゃ。時間をかけて丁寧に作ったからじゃ。魔法よりも大切なのは、その気持ちなんじゃ」
 ルナ姫は目から鱗が落ちたような気がしました。今まで自分は、魔法の技術ばかりを気にしていました。でも、本当に大切なのは気持ちだということがわかったのです。
 その日の夜、ルナ姫は村の宿屋に泊まりました。ベッドに横になりながら、今日学んだことを考えました。
「愛情と時間か……ホント、たいせつね」
 ルナ姫は自分が手作りで作ったパンの味を思い出しながら眠りにつきました。

 次の日の朝、天馬シルバーに乗って空を飛んでいると、下に美しい森が広がっているのが見えました。
 その森は「妖精の森」と呼ばれていて、妖精の他にも、たくさんの魔法の生き物が住んでいます。
 木々は虹色に輝き、花びらが宙に舞っています。小さな光る蝶々があちこちを飛び回っていました。
 甘い香りが風に乗って漂ってきました。バニラやチョコレート、それからイチゴの香りも混じっています。
「何かしら、このいい匂い……」
 香りを辿っていくと、森の奥に小さな木の小屋が見えました。煙突からは薄紫色の煙が上がっていて、窓からは温かい光が漏れています。小屋の周りには色とりどりの花が咲いていて、まるで絵本の中のおうちのようでした。
 小屋の前に降りて、ルナ姫はそっと窓をのぞいてみました。中では、若い女性が楽しそうに何か作っています。彼女は栗色の髪をポニーテールにまとめていて、かわいらしいエプロンをつけていました。
 その時、女性がこちらを振り向きました。
「あら、どちらさまでしょうか?」
「ごめんなさい……あの……私、ルナと申します。魔法の修行をしているところなんです」
「まあ、ルナちゃん。かわいい魔法使いさんね。私はアンナよ。私も魔法使いなの。どう? いっしょにお茶しない?」
 アンナは今まで会った魔法使いとは少し違った雰囲気でした。とても親しみやすくて、お姉さんのような感じでした。
 中に入ると、甘い香りがさらに強くなりました。キッチンには色々な道具が並んでいて、オーブンからはおいしそうな音が聞こえてきました。
「わあ、すごい!」
 テーブルの上には、いろんなお菓子がずらりと並んでいました。星の形をしたクッキー、虹色のマカロン、宝石のように輝くゼリー。どれも魔法をかけたように美しく、芸術作品のようでした。
「これ……全部、アンナさんが作ったんですか?」
「そうよ。お菓子作りが趣味なの。でもね、これ、ただのお菓子じゃないのよ。だって、私、魔法使いだから」
 アンナは、星型のクッキーを一つ手に取って見せてくれました。
「これは笑顔のクッキー。食べると自然に笑顔になっちゃうの」
「本当ですか?」
「ふふふ、試してみる?」
 ルナ姫がクッキーを一口食べると、なんとも言えない幸せな気持ちになりました。自然に笑顔がこぼれてきました。
「わあ、本当に笑顔になっちゃう!」
「でしょう? でね、これは勇気のマカロン。食べると勇気が湧いてくるの」
「すごい! どれも魔法のお菓子なんですね!」
「そうなの。でもね、最初からこんなお菓子が作れたわけじゃないの。たくさん失敗したし、今でも失敗することもあるわ」
 アンナはルナ姫の隣に座りました。
「ルナちゃんはどうして魔法の修行をしているの?」
「魔法料理ができるようになりたいんですけど、いつも失敗しちゃうんです。それで、魔法を学ぶ旅をしているんです」
「そうなんだ。私もね、お菓子作りを始めたころは失敗ばかりだったわ。魔法を使ったお菓子は、やっぱり難しいわね」
「アンナさんはどうやって上手になったんですか?」
 アンナは立ち上がって、材料が並んだ棚の前に立ちました。
「魔法を使う前に、まず大切なことがあるの」
「大切なこと?」
「材料一つ一つと向き合うことよ」
 アンナは小麦粉の袋を手に取りました。
「この小麦粉、どこから来たと思う?」
「お店からですか?」
「お店には、どこから来たと思う?」
「う~ん、畑からですか?」
「そうよ。農家の人が大切に育てた小麦を挽いて作られたの。小麦は太陽の光を浴びて、雨に打たれて、風に揺れて育ったの」
 次に卵を手に取りました。
「この卵は、ニワトリさんが大切に産んでくれたものよ」
 アンナさんは、砂糖、バターなと、一つ一つを手に取りながら説明しました。
「材料にはそれぞれ役割があるの。そして、それぞれに物語があるの。その物語を理解して感謝の気持ちを込めることが、魔法を成功させる第一歩なのよ」
「感謝の気持ち……」
 ルナ姫は昨日トムおじいさんから聞いた言葉を思い出しました。
「そう、材料を作ってくれた人たち、それを運んでくれた人たち、そして何より、それを食べてくれる人たちへの感謝よ」
「食べてくれる人への感謝?」
「私がお菓子を作るとき、いつも想像するの。このお菓子を食べた人がどんな顔をするかしら、どんな気持ちになるかしら、って」
 アンナの目が優しく輝きました。
「お菓子は人を幸せにするもの。だから、食べる人の笑顔を想像しながら作ると、自然に愛情が込もるのよ」
「すごいいいですね! 私も、そんな想像しながらお菓子を作ってみたいです!」
「じゃあ、今から一緒に作ろうか? 何を作りたい?」
「クッキーに挑戦してみたいです」
「いいわね。じゃあ、『友情のクッキー』を作りましょう」
「友情のクッキー?」
「食べると友達同士の絆が深まるクッキーよ。魔法をかけるのはとても難しいけれど、私達はお互い魔女なんだから、修行だと思ってマジカルクッキングに挑戦してみましょう!」
 二人はエプロンをつけて材料をそろえました。
 アンナは一つ一つの材料を大切に扱っていました。
「小麦粉さん、今日もおいしいクッキーになってくれるのね。ありがとう!」
 アンナは小麦粉に向かって話しかけました。
 最初、ルナ姫は恥ずかしく思いましたが、声に出してみると、意外といい気持ちになることができました。
「バターさん、クッキーをおいしくしてくれてありがとう」
「砂糖さん、甘い幸せを与えてくれてありがとう」
 材料を混ぜながら、アンナはルナ姫に魔法のコツを教えてくれました。
「魔法をかけるときはね、技術よりも気持ちが大切なの。頭で考えるんじゃなくて、心で感じるのよ」
「心で?」
「そう。このクッキーを食べる人の笑顔を心の中に描いて、その人が幸せになることを願いながら魔法をかけるの」
 生地ができあがり、型で抜いていきます。
 ハート型、星型、花型。かわいらしいクッキーがたくさんできました。
「さあ、魔法をかけましょう」
 アンナは魔法の杖を取り出しました。ルナ姫の杖とは違って、先端に小さなハートの飾りがついています。
「ルナちゃんも一緒に」
 二人で杖を持って、クッキーの上にかざします。
「このクッキーを食べる人が笑顔になりますように」
 アンナと一緒に呪文を唱えると、杖から温かいピンク色の光が出てきました。
 その光がクッキーを包み込むと、クッキーがほんのり光って見えました。
「わあ、きれい!」
「魔法がかかった証拠よ。でも、まだ完成じゃないの」
 クッキーをオーブンで焼きます。
 焼いている間、アンナはルナ姫にお茶を入れてくれました。
 森で採れたベリーで作ったジャムと一緒に、手作りのスコーンも出してくれました。
「アンナさんは、いつからお菓子作りを始めたんですか?」
「八歳の時よ。おばあちゃんが教えてくれたの」
 アンナは懐かしそうに話しました。
「おばあちゃんはとても有名なお菓子作りの魔法使いだったの。でも、いつも私に言っていたわ。魔法よりも大切なのは、作る人の愛情よって」
「ステキなおばあさまですね」
「そうなの。おばあちゃんが作るお菓子は、どれも本当においしくて、食べると幸せな気持ちになったの。私もおばあちゃんみたいに、人を幸せにするお菓子が作りたいって思ったの」
 クッキーが焼き上がりました。
「できた!」
 オーブンを開けると、美しく焼けたクッキーが顔を出しました。きつね色で、とても良い香りがします。
「まだ熱いから気をつけてね」
 少し冷ましてから、ルナ姫は一枚食べてみました。
 サクサクした食感で、優しい甘さが口の中に広がります。
 そして、なんとも言えない温かい気持ちになりました。
「おいしい! それに、とても幸せな気持ちになります」
「魔法が成功したのね。でもルナちゃん、この魔法は私一人では絶対にできなかったものなのよ」
「どうしてですか?」
「友情の魔法は、一人ではかけることができないの。友達と心を合わせないと魔法がかからないの」
 アンナはルナ姫を見つめて微笑みました。
「つまり、ルナちゃんと私がお友達になって、心を合わせたからこそ、この魔法が成功したの」
 ルナ姫も微笑みました。
 今までは一人で魔法料理を作ろうとしていたけれども、今日は誰かと一緒に心を合わせて作ることの素晴らしさを学ぶことができたのでした。
「アンナさん、ありがとうございます。大切なことを学びました」
「どういたしまして。でも、ルナちゃんの旅はまだ始まったばかりよね。きっと、もっとたくさんのことを学べるわ」
 その夜、ルナ姫はアンナの小屋に泊めてもらいました。
 ベッドに入る前に、二人で夜空を見上げました。
「星がきれいですね」
「そうね。私、星を見ていると、いつも思うの。世界中にはこの星空みたいにたくさんの人がいて、みんなそれぞれの夢を持って輝いて生きているんだなって」
「ステキです」
「ルナちゃんも、きっと素晴らしい魔法使いになるわ」

 次の日の朝、ルナ姫はアンナとお別れをしました。
 アンナが作ってくれた『勇気のマカロン』を、お弁当として持たせてくれました。
「困った時に食べてね。きっと勇気が湧いてくるから」
「ありがとうございます。アンナさんのことは絶対に忘れません」
 ルナ姫がシルバーにまたがって空に舞い上がると、アンナは手を振ってくれました。
 ルナ姫もいっぱい手を振り返しました。

 森を抜けて、ルナ姫はシルバーに乗って海沿いを飛んでいました。
 青い海が太陽の光できらきらと輝いて、とても美しい景色です。カモメたちが気持ちよさそうに飛び回っています。
「シルバー、あそこに大きな町が見えるね」
 遠くに港町が見えてきました。
 たくさんの船が停泊していて、賑やかな声が聞こえてきます。
 ルナ姫が港町に降り立つと、そこは魚の匂いと潮の香りが混じった独特の匂いが満ちていました。
 市場では、いろんな魚や貝、海藻が売られています。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 今朝とれたばかりの新鮮な魚だよ!」
 漁師や商人たちの威勢の良い声が響いています。
 ルナ姫は市場を歩きながら、見たこともない魚をたくさん見ました。
 港の近くに、レストランがありました。「オーシャン・ブルー」という名前の、海が見えるステキなお店です。
 お昼時だったので、たくさんのお客さんで賑わっていました。
 ルナ姫は、どんな風に料理を作っているのか気になりました。
 厨房をのぞき込もうと裏口に回り込んだ時、扉が勢いよく開いて、ゴミを捨てに若い男性が出てきました。
白いコック帽をかぶった、さわやかな青年です。
「あ、すみません!」
 彼はルナ姫とぶつかりそうになって、慌てて謝りました。
「大丈夫です」
「……君は旅の人かな? このあたりでは見かけない顔だ」
「はい。私、ルナと申します。魔法料理を学ぶために旅をしています」
 青年の目が輝きました。
「魔法料理? それは面白い。僕はこのレストランのシェフをしている、レオっていうんだ」
 レオはまだ二十歳くらいの若いシェフでした。
「時間があるなら、厨房を見てみるかい? 海の料理のことなら、いろいろ教えられるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
 レストランの厨房は、とても活気に満ちていました。
 何人ものシェフたちが手際よく料理を作っています。
 大きなフライパンでは魚が焼かれ、鍋ではスープが煮込まれています。
「すごい迫力ですね」
「料理は戦いなんだ」
 レオは言いました。
「でも、ただ急いで作ればいいってものじゃない。どんなに忙しくても、心を込めて作ることが大切なんだ」
 レオは焼きたての魚料理をお皿に盛り付けました。
 とても美しい盛り付けで、まるで芸術作品のようです。
「料理は芸術だと思っている。でも、それ以上に大切なのは、食べる人の笑顔を想像することだ」
「食べる人の笑顔……」
 ルナ姫はアンナも同じようなことを言っていたことを思い出しました。
「この魚を捕ってくれた漁師さんのこと、この野菜を育ててくれた農家さんのことを考えながら料理するんだ。そうすると、自然と丁寧に、愛情を込めて作れるようになる」
 ランチタイムの大混雑も一段落しました。
 レオはルナ姫に料理を教えてくれることになりました。
「まず、新鮮な魚の見分け方から教えよう」
 魚の選び方を教えてもらいました。
「目が澄んでいて、エラが鮮やかな赤色のものが新鮮なんだ。触ってみて弾力があることも大切だ」
 最初は魚を触るのが怖かったルナ姫でしたが、レオが優しく教えてくれたので、だんだん慣れてきました。
「魚をさばくのも大切な技術の一つ」
 レオの手つきは美しく、一瞬で魚が三枚におろされました。
「私にもやらせてください!」
 ルナ姫も挑戦しましたが、なかなか上手くいきません。
 魚の身がぐちゃぐちゃになってしまいました。
「大丈夫、最初はみんなそうだ。大切なのは諦めないこと」
 何度も練習して、だんだん上手になってきました。
「ルナ、大切なことを教えよう」
 レオは真剣な表情になりました。
「命をいただくということの重さを理解すること。これが料理人の基本だ」
「命をいただく?」
「この魚も、昨日まで海で元気に泳いでいたんだ。その命を僕たちがいただいて、料理にしている。だから、絶対に無駄にしてはいけないし、心を込めて料理しなければならない」
 ルナ姫は深く考えました。
 今まで食べ物のことを、このように考えたことはありませんでした。
 でも、すべて生き物の命をいただいているのだという気持ちをもてるようになりました。
「わかりました。心を込めて料理します」
 レオと一緒に、魚のグリルを作りました。
 シンプルな料理でしたが、レオは一つ一つの工程を丁寧に教えてくれました。
「火の通し方も大切だ。強すぎると外だけ焦げて、中が生のままになってしまう。弱すぎると、時間がかかりすぎておいしくなくなる」
「どうやって見分けるんですか?」
「魚の様子をよく観察することが大切だ。音、匂い、色の変化。魚が『もういいよ』って教えてくれるんだ」
 料理をしながら、レオはルナ姫に色々なことを話してくれました。
「父は漁師だったんだ。小さい頃から、新鮮な魚のおいしさを知っていた。でも、ただ新鮮なだけじゃダメなんだ。どう料理するかで、全然違う味になる」
「レオさんはいつからシェフになりたいと思ったんですか?」
「十歳の時かな。町にやってきた有名なシェフの料理を食べて、衝撃を受けたんだ。同じ魚なのに、料理の仕方によって、こんなにおいしくなることに驚いたんだ」
 レオの目が遠くを見つめました。
「それから勉強して、都会の有名なレストランで修行したんだ。でも、最後はやっぱり故郷に帰ってきた」
「どうしてですか?」
「ここの海の幸を、一番おいしい形でお客さんに提供したいから。それに、故郷の人たちに恩返しがしたいからかな」
 魚はおいしそうに焼けました。
 レオが盛り付けを教えてくれて、とても美しいお皿が完成しました。
「いただきます!」
 ルナ姫が一口食べてみると、今まで食べたことのないようなおいしさでした。
 魚の甘みが口の中に広がって、とても幸せな気持ちになりました。
「おいしい!」
「それは、ルナが心を込めて料理したからだよ。技術はまだまだだけど、気持ちはちゃんと伝わっている」
 その日から一週間、ルナ姫はレオのもとで修行させてもらいました。魚の料理だけでなく、海藻や貝などの料理も教わりました。
「海の恵みは本当に豊かだ」
 レオは言いました。
「でも、それをおいしく料理するには、素材を理解することが大切なんだ」
 二人は、市場に行きました。
「魚には旬があるんだよ」
 市場のおじさんが教えてくれました。
「春には春の魚、夏には夏の魚。それぞれ一番おいしい時期があるんだ」
「季節を大切にすることも、料理の基本なんですね」
 次に厨房に戻り、他のシェフさんたちともお話しました。
 みんな若いのに、とても技術が高くて、ルナ姫は感動しました。
「チームワークも大切だ」
 レオは教えてくれました。
「一人では作れない料理もたくさんある。みんなで協力するから、素晴らしい料理ができる」
 ルナ姫は一週間、このレストランで修行をさせてもらいました。
 最後の日、レオはルナ姫に特別な料理を教えてくれました。
「これは僕の得意料理『海の宝石スープ』だ。魔法を使わなくても、まるで宝石のように美しく、おいしいスープだ」
 色とりどりの魚介類と野菜を使ったスープでした。
 エビの赤、イカの白、ムール貝の黒、そして野菜の緑や黄色。なるほど、海の中の宝物箱のようでした。
「わあ、本当に宝石みたい!」
「でも、美しいだけじゃダメだ。味も最高でなければならない」
 レオと一緒に作ったスープは、見た目も味も完璧でした。
 ルナ姫は感激して涙が出そうになりました。
「レオさん、本当にありがとうございました。たくさんのことを学ばせていただきました」
「どういたしまして。でも、これはまだ始まりだよ。ルナには才能がある。きっと素晴らしい魔法料理の使い手になるよ」
別れの日、港の桟橋でお見送りをしてくれました。レストランのスタッフたちも来てくれて、みんなで手を振ってくれました。
「また必ずここに来てくださいね」
「はい、必ず!」
 ルナ姫は誓いました。いつか立派な料理人になって、この町に恩返しをしたいと。

 ルナ姫は、天馬シルバーに乗って港から内陸に向かって飛んでいると、だんだん風景が変わってきました。
 海の青色から、緑豊かな大地の色に変わっていきます。
「シルバー、あそこに大きな畑が見えるわね」
 地平線まで続く広大な畑があります。
 緑の野菜がびっしりと植えられていて、まるで緑の絨毯のようです。
 ところどころに農家の建物が点在していて、のどかな風景が広がっています。
 一つの畑の近くに降り立ってみると、白い髪のおばあさんが土にまみれながら働いていました。
 麦わら帽子をかぶって、土で汚れたエプロンをつけています。農家のエマおばあさんです。
 エマおばあさんは八十歳を過ぎていましたが、とても元気で、毎日畑で働いています。この土地で生まれ育って、一生を農業に捧げてきた人でした。
「こんにちは」
 ルナ姫が声をかけると、エマおばあさんは腰を伸ばして振り返りました。
「おや、かわいいお客さんだねえ。どちらからいらしたのかい?」
「私、ルナと申します。魔法料理を学ぶために旅をしています」
「魔法料理かい。それは面白いねえ。でも、料理の基本は材料だよ。いい野菜がなければ、いい料理はできないからねえ」
 エマおばあさんは優しく微笑みました。
「畑を見ていくかい?」
「ぜひ、お願いします!」
 エマおばあさんと一緒に畑を歩きました。
 トマト、キュウリ、ニンジン、ジャガイモ、キャベツ。たくさんの種類の野菜が育てられています。
 どの野菜も青々として、とてもおいしそうです。
「この野菜たち、みんな私の子供みたいなものだよ」
 エマおばあさんはトマトの実を優しく撫でました。
「毎日話しかけて、大切に育てているんだよ」
「野菜と話すんですか?」
「もちろん。『今日も元気だね』『おいしく育っておくれ』って。野菜たちもちゃんと応えてくれるんだよ」
 エマおばあさんの野菜に対する愛情が伝わってきました。
「お手伝いさせていただけませんか?」
 ルナ姫はお願いしました。
「ありがたいねえ。でも、一つ約束してもらいたいことがあるよ」
「どんなことでしょう?」
「農作業には魔法を使っちゃいけないよ。土と植物と向き合うには、自分の手が一番大切なんだから」
 ルナ姫は少し驚きました。今まで何でも魔法に頼ってきたからです。
「わかりました。手で頑張ります」
「それでこそだよ」
 エマおばあさんから麦わら帽子と軍手、それから小さなスコップを貸してもらいました。
 最初の仕事は草取りでした。野菜の周りに生えた雑草を抜いていくのですが、これが思った以上に大変でした。
「雑草って、こんなにしっかり根を張っているんですね」
「そうだよ。雑草も生きているんだから、必死に頑張っているんだよ」
 エマおばあさんは雑草を抜きながらも、優しい表情でした。
「でも、野菜たちが元気に育つためには、雑草を取ってあげないといけない。野菜と雑草が栄養を取り合ってしまうからね」
 次は水やりでした。
 大きなジョウロに水を入れて、野菜たちに水をあげていきます。
「水やりにもコツがあるんだよ。根元にゆっくりと、愛情を込めてあげるんだ」
「愛情を込めて?」
「そう。野菜たちに『大きくなってね』『おいしくなってね』って気持ちを込めながら水をあげるの」
 ルナ姫も真似して、一つ一つの野菜に話しかけながら水をあげました。
「トマトさん、おいしく育ってね」
「キュウリさん、元気に大きくなってね」
 最初は恥ずかしかったのですが、だんだん楽しくなってきました。
 お昼になると、エマおばあさんが手作りのお弁当を分けてくれました。
 畑で採れた新鮮な野菜で作ったおにぎりとお味噌汁です。
「この野菜、みんなこの畑で育ったものなんだよ」
 一口食べると、今まで食べたことのないようなおいしさでした。
 野菜本来の甘みと旨味が口の中に広がります。
「すごくおいしい! 野菜ってこんなに甘かったんですね!」
「新鮮だからね。それに、愛情をかけて育てたからさ」
 午後は種まきをしました。大根の種です。
「種まきは一番大切な作業だ」
 エマおばあさんは言いました。
「この小さな種から、大きな野菜が育つんだから」
 小さな種を手に取って見ました。
 本当に小さくて、軽くて、これから大きな大根になるなんて信じられませんでした。
「不思議です。この小さな種に、大根になる力がすべて入っているんですか?」
「そうだよ。でも、種だけでは育たない。土と水と太陽の光、そして、人の愛情が必要なんだ」
 一つ一つの種を丁寧にまいていきます。
 深すぎても浅すぎてもダメで、絶妙な深さにまく必要がありました。
「農業って、本当に大変なんですね」
「そうさ。でも、それが楽しいんだよ」
 エマおばあさんは汗を拭きながら微笑みました。
「種を植えて、芽が出て、だんだん大きくなって、最後に収穫する。その過程を見ているのが一番の喜びなんだ」
 今日は、トマトとキュウリを収穫しました。
「収穫するときも、野菜に『ありがとう』って言うんだよ」
 エマおばあさんは真っ赤に熟したトマトを優しく摘み取りました。
「ありがとう! おいしく育ってくれて」
 ルナ姫も真似して、トマトに話しかけながら収穫しました。
 一日の作業が終わると、エマおばあさんの家で夕食をご馳走になりました。
 すべて畑で採れた野菜で作られた料理です。
「自分で育てた野菜を、自分で料理して食べる。これほどおいしいものはないね」
 トマトサラダ、キュウリの漬物、ジャガイモの煮物、ニンジンの炒め物。
 どれも素朴な料理でしたが、野菜本来の味が活かされたものでした。
「エマおばあさん、どうして農業を始めたんですか?」
「わしの両親も農家だったからね。子供の頃から畑を手伝っていて、それで、いつの間にか、一生の仕事になったというわけ」
 エマおばあさんは遠くを見つめました。
「でも、農業は簡単な仕事じゃない。天候に左右されるし、病気や害虫の問題もある。うまくいかないことの方が多いかもしれないね」
「それでも、ここまで続けてこられたのはなぜですか?」
「野菜を食べた人の『おいしい』って言葉を聞くたびに、また頑張ろうって思えるんだよ」
 その夜、ルナ姫はエマおばあさんの家に泊めてもらいました。
 質素だけれど清潔なお部屋で、窓からは満天の星空が見えました。
「明日も畑仕事、頑張りましょうね」
「ありがとう、ルナちゃん。あんたのような若い子が農業に興味を持ってくれるのは、本当に嬉しいよ」
 次の日からも、ルナ姫は毎日畑で働きました。
 草取り、水やり、土寄せ、収穫。一つ一つの作業を丁寧に覚えていきました。
 一週間が過ぎた頃、ルナ姫の手にはすっかりマメができて、農作業にも慣れてきました。
 そして、野菜たちの成長を見るのが楽しみになっていました。
「あ、大根の種から芽が出てる!」
 小さな緑の芽を発見した時は、本当に嬉しかったです。
「そうだね。命の誕生の瞬間だね」
 エマおばあさんも嬉しそうでした。

 二週間目に入ると、ルナ姫は農作業の大変さを身をもって体験しました。
 雨の日は畑がぬかるんで歩くのも大変です。晴れの日は太陽が照りつけて、汗だくになりながら働きました。
「農家の人って、毎日こんなに大変な思いをして野菜を作っているんですね」
「そうだよ。だから、野菜を粗末にしちゃいけないんだ」
 エマおばあさんは真剣な表情で言いました。
「一つのトマトを育てるのに、どれだけの時間と手間がかかっているか。それを知れば、食べ物を大切にする気持ちが自然に生まれるはずだよ」

 三週間目には、初めて種から育てた野菜を収穫することができました。自分で植えたはつか大根がこぶし大に育っていたのです。
「わあ、こんなに大きくなってる!」
 土から抜いた大根は、真っ白で美しく、葉っぱも青々としていました。
「よく育ったねえ。ルナちゃんが毎日愛情を込めて世話をしたからだよ」
 その大根で作ったお味噌汁は、今まで飲んだどんなお味噌汁よりもおいしく感じました。
「自分で育てた野菜って、こんなにおいしいのね」
「愛情をかけて育てたからだよ。料理も同じなんだよ、ルナちゃん」
 エマおばあさんの言葉に、ルナ姫は深くうなずきました。

 一か月の農作業を通して、ルナ姫は食べ物を作ることの苦労と尊さを心から理解しました。
 雨の日も風の日も、毎日畑に出て野菜の世話をするエマおばあさんの姿を見て、農家の人たちへの感謝の気持ちが心の底から湧いてきました。
「エマおばあさん、本当にありがとうございました。食べ物の大切さがよくわかりました」
「どういたしまして。でも、これで終わりじゃないよ。これからは、その気持ちを忘れずに料理を作るんだよ」
 お別れの日、エマおばあさんは畑で採れた新鮮な野菜をたくさん持たせてくれました。
「これを使って、おいしい料理を作っておくれ」
「必ず作ります。そして、いつか立派な料理人になって、またここに帰ってきます」
 別れは寂しかったですが、ルナ姫の心は希望で満ちていました。
 旅を通して、料理に必要な本当に大切なものを学んだからです。

 半年の長い旅を終えて、ルナ姫はついにセレスティア城に帰ってきました。
 城の門が見えた時、胸がいっぱいになりました。
「ただいま~!」
 お城の人たちが大勢出迎えてくれました。
 王様もマリーおばさんも、そして城で働く人たちみんなが笑顔で迎えてくれました。
「お帰り、ルナ」
 王様が駆け寄ってきて、ルナ姫を抱きしめました。
「お父様、ただいま戻りました」
「随分と日焼けして、逞しくなったな」
 マリーおばさんも涙を流して喜んでくれました。
「ルナ姫、本当にお疲れさまでした。とても大人になられましたね」
 その夜は、帰郷を祝う小さなパーティーが開かれました。
 ルナ姫は旅で出会った人たちのことを話しました。
「トムおじいさんからは時間と愛情の大切さを教わりました。アンナさんからは感謝の気持ちを学びました。レオさんからは命をいただくことの重さを教わりました。そして、エマおばあさんからは食べ物の尊さを学びました」
 王様は満足そうにうなずきました。
「素晴らしい旅だったな。では、その成果を見せてもらおうか」
 次の日の朝、ルナ姫は久しぶりに魔法料理に挑戦することにしました。
 でも、以前とは全く違う気持ちでした。
 キッチンに立つ前に、ルナ姫はまず旅で学んだことを思い出しました。
 材料を手に取る前に、それぞれについて考えました。
 小麦粉を作ってくれた農家の人、卵を産んでくれたニワトリさん、野菜を育ててくれた人たち。みんなに感謝の気持ちを込めました。
「小麦粉さん、今日もおいしいお料理になってくれてありがとう」
 エマおばあさんから教わったように、材料一つ一つに話しかけました。
 トマトを切る時は、レオから教わったように、命をいただくことの重さを心に刻みました。
「トマトさん、おいしく育ってくれてありがとう」
 アンナから学んだように、このお料理を食べる人の笑顔を想像しました。
 王様やマリーおばさん、城で働く人たちみんなが喜んでくれる顔を思い浮かべました。
 そして、トムおじいさんから教わったように、時間をかけて丁寧に、愛情を込めて調理しました。
 最後に、そっと魔法の杖を取り出しました。
 以前のように派手に振り回すのではなく、静かに、心を込めて杖を持ちました。
「今まで出会ったすべての人たちへの感謝の気持ちを込めて……」
 杖の先から温かい金色の光が出てきました。
 その光がスープを包み込むと、キッチン全体が優しい光に満たされました。
「みんなが幸せになりますように……」
 スープができあがりました。
 湯気が立ち上って、とても良い香りがします。
 見た目は、派手さはありませんでした。シンプルで、でもとても温かそうなスープです。
「何か良い香りがします」
 マリーおばさんがキッチンにやってきました。
「マリーおばさん、よろしければ味見をしていただけませんか?」
 マリーおばさんがスープを一口飲むと、突然目に涙があふれてきました。
「これは……こんなに温かくて、優しいスープは初めてです!」
「本当ですか?」
「はい。このスープを飲んでいると、まるで故郷の母に会えたような気持ちになりますよ」
 王様も味見をしてくれました。
「素晴らしい! これこそ、本当の魔法料理じゃ」
「お父様、ありがとうございます」
「ルナよ、お前は本当の強さを身につけたのじゃ」
 王様は優しく微笑みました。
「技術だけの魔法は、人の心を動かすことはできぬ。でも、愛情と感謝の気持ちを込めた魔法は、人の心を温かくすることができるのじゃ」
 ルナ姫の魔法料理は見違えるように上達しました。
 派手な見た目ではありませんが、食べる人の心を温かくする、本当においしい料理が作れるようになったのです。
 城で働く人たちも、ルナ姫の料理を食べると必ず笑顔になりました。
「ルナ姫の料理を食べると、家族のことを思い出します」
「なんだか懐かしい気持ちになります」
「心がほっこりします」
 みんなが口々に言いました。
 ルナ姫は気づいたのです。本当の魔法料理とは、派手な見た目や特別な味付けではない。作る人の心が、食べる人の心に届くことなのだということを。

 それから一か月後。
 王国で一番大きな魔法料理コンテストが開催されることになりました。
 グランド・マジック・クッキング・コンテストという名前で、5年に一度開催される特別な大会です。
 あちこちから腕自慢の魔法使いたちが集まってきました。
 都会の有名レストランで働くシェフ、魔法学校の先生、宮廷料理人など、そうそうたる顔ぶれでした。
「ルナ姫も参加されるんですか?」
 マリーおばさんが心配そうに聞きました。
「はい。今の自分の力を試してみたいんです」
「でも……相手はみんな有名な料理人ばかりですよ」
「大丈夫です。勝ち負けよりも、旅で学んだことを活かせるかどうかが大切だと思うんです」
 王様も応援してくれました。
「ルナの成長した姿を、みんなに見せておやり」
 コンテストは王都の大きな会場で開催されました。
 観客席には何千人もの人が集まって、とても華やかな雰囲気でした。
 参加者は全部で20名。ルナ姫は最年少でした。
 他の参加者たちを見ると、みんなとても立派な服を着て、高価そうな魔法の道具を持っています。
「あの子供は何者だ?」
「お姫様らしいよ」
「まだ子供じゃないか」
 周りからそんな声が聞こえてきましたが、ルナ姫は気にしませんでした。
 開会式が始まって、審査委員長から説明がありました。
「今回のテーマは『みんなが幸せになる料理』です。制限時間は3時間。材料は会場に用意されたものを自由にお使いください」
 ルナ姫には、すぐに作りたい料理が浮かびました。
「よーい、スタート!」
 合図と共に、みんなが材料選びに走りました。
 高級な食材を取り合う参加者たちを尻目に、ルナ姫はゆっくりと材料を選びました。
 人参、玉ねぎ、セロリ、トマト、ジャガイモ。どれもシンプルな野菜です。それから、ベーコンを少しと、お米。
「え? あの子、そんな普通の材料でいいの?」
 観客席からは驚きの声が上がりました。
 他の参加者たちは、キャビアやトリュフ、高級な肉など、値段の高い材料ばかり選んでいたからです。
 ルナ姫は自分の調理台に戻って、まず材料一つ一つを手に取りました。
「人参さん、ありがとう。きっとエマおばあさんのような人が大切に育ててくれたのね」
「玉ねぎさん、今日もお料理をおいしくしてくれてありがとう」
 周りからは変な目で見られましたが、ルナ姫は気にしませんでした。
 野菜を切り始めました。レオから教わったように、丁寧に、愛情を込めて。
 一つ一つの野菜に「ありがとう」の気持ちを込めながら。
「この人参は、エマおばあさんと一緒に育てたような気持ちで」
「この玉ねぎは、レオに教わった通り、食べる人の笑顔を想像して」
 野菜を炒めて、お米を加えて、スープを作り始めました。
 アンナから学んだように、材料それぞれの持ち味を活かすように。
 トムおじいさんから教わったように、時間をかけて、愛情を込めて。
 周りでは、他の参加者たちが派手な魔法を使って料理を作っています。
 火を使わずに調理したり、空中で材料を混ぜ合わせたり、見ている人たちも「おお」と感嘆の声を上げています。
 でも、ルナ姫の料理台だけは静かでした。
 コトコト、コトコト。
 お鍋から聞こえるのは、スープが煮える優しい音だけでした。
「あの子、全然魔法を使ってないじゃない」
「大丈夫かしら」
 観客席では心配する声も聞こえました。
 1時間が経ちました。他の参加者たちの料理は、どれも見た目が華やかで、色とりどりの光に包まれています。
 ルナ姫のスープは、まだコトコト煮えているだけでした。
 でも、だんだん良い香りが漂ってきました。野菜の甘い香り、ベーコンの香ばしい匂い。
「いい匂いがしてきたわね」
 観客席の人たちも気づき始めました。
 2時間が経ちました。ルナ姫は味見をしました。野菜の甘みがしっかりと出て、とてもおいしくできあがっていました。
「最後に魔法をかけましょう」
 ルナ姫は静かに魔法の杖を取り出しました。
 それを、そっとスープの上にかざし、祈りました。
「今まで出会ったすべての人たちへの感謝を込めて……トムおじいさん、アンナ、レオ、エマおばあさん、みんなの優しさをこのスープに込めて……食べてくれる人が、心から幸せになりますように……」
 杖の先から、温かい金色の光がゆっくりと出てきます。
 その光はスープを包み込むと、会場全体が優しい光に満たされたのでした。
「わあ……」
 観客席からは感嘆の声が上がりました。
 それはとても温かく、美しい光でした。
「時間終了!」
 ついにコンテストが終わりました。
 参加者たちの料理が審査員のテーブルに運ばれました。
 どの料理も見た目が素晴らしく、観客席からは「おお」という声が上がります。光る料理、宙に浮く料理、虹色に輝く料理。
 そして、ルナ姫の料理もテーブルに運ばれてきました。シンプルな白いお皿に盛られた、普通の野菜スープです。
 見た目は地味でしたが、とても良い香りがしています。

 審査が始まりました。
 審査員たちは、一つずつ料理を味わっていきます。
「うむ、これは技術的に素晴らしい」
「この魔法のかけ方は見事だ」
「見た目も美しく、味も良い」
 どの料理も高い評価を受けていました。
 そして、ルナ姫の料理の番になりました。
 審査員長が一口スープを飲みました。
 その瞬間、審査員長の表情が変わりました。目に涙があふれてきたのです。
「これは……」
 他の審査員たちも次々にスープを飲みました。
 すると、みんな同じように涙を流し始めました。
「こんなに温かい気持ちになるスープは初めてだ」
「まるで母の作った料理を思い出す……」
「作った人の愛情が、心に直接届いてくるようだ」
「これこそ、本当の『みんなが幸せになる料理』だ!」
 審査員たちは口々に言いました。

 参加全員の料理の審査が終わりました。
「結果を発表します」
 審査員長が立ち上がりました。
「グランド・マジック・クッキング・コンテスト、優勝者は……」
 全員が固唾を呑んで見守りました。
「ルナ姫!」
 会場が拍手に包まれました。
 ルナ姫は信じられない気持ちでいっぱいでした。
「本当? 本当に私?」
「はい! あなたの料理は、技術的な派手さはありませんが、人の心を動かす本当の魔法がこもっていました」
 審査員長は続けました。
「魔法料理の真の価値は、見た目の華やかさや複雑な技術ではありません。作る人の心が、食べる人の心に届くことです。ルナ姫の料理には、それがありました」
 ルナ姫は表彰台に上がりました。
 金のトロフィーを受け取ると、会場からまた大きな拍手が起こりました。
 観客席を見ると、王様とマリーおばさんが涙を流して喜んでくれているのが見えました。
「みなさま、ありがとうございます」
 ルナ姫はマイクを握って話し始めました。
「私は半年間の旅で、本当の魔法料理とは何かを学びました。それは、派手な技術や高級な材料ではありませんでした。材料を作ってくれた人への感謝、食べてくれる人への愛情、そして、食べ物の命をいただくということへの敬意。これらの気持ちを込めて料理することが、私にとっての魔法なのです」
 会場の人たちは、ルナ姫の言葉を真剣に聞いていました。
「私はこれからも、この気持ちを忘れずに料理を作り続けます。そして、多くの人にこの大切さを伝えていきたいと思います!」
 スピーチが終わると、会場は感動の拍手に包まれました。
その日は、ルナ姫にとって人生で一番特別な日となりました。

 コンテストで優勝したルナ姫の名前は、あっという間に全国に知れ渡りました。
 国民からは、「心の魔法料理人」と呼ばれるようになりました。
 優勝から一週間後、城には全国から手紙がたくさん届きました。
「ルナ姫様の料理を習いたいです」
「魔法料理の心構えを教えてください」
「私たちの町にも来てください」
 たくさんの人からの手紙を読んで、ルナ姫は考えました。
「お父様、みんなに料理の大切さを教える教室を開きたいです」
 王様は賛成してくれました。
「素晴らしい考えじゃ。さっそく、会場を手配させよう」
 こうして、セレスティア城で、「ルナ姫の心の料理教室」が開かれることになりました。
 教室には、100人もの人が集まりました。
 若い魔法使い、ベテランの料理人、主婦の方々、料理を始めたばかりの子供たち。
 年齢も職業も様々な人たちでした。
 ルナ姫は緊張しながらも、みんなの前に立ちました。
「みなさま、こんにちは。今日はありがとうございます」
 温かい拍手が響きました。
「料理の魔法で一番大切なのは、派手さではありません」
 ルナ姫は、旅で学んだことを一つ一つ話していきました。
「材料を作ってくれた人への感謝です」
 テーブルの上に、人参を一本置きました。
「この人参一本を育てるのに、農家の方はどれだけの手間をかけてくださったでしょうか。種を植えて、水をやって、草を取って、何ヶ月もかけて大切に育ててくださいました」
 参加者たちは真剣に聞いていました。
「私も実際に畑で農作業を体験しました。雨の日も風の日も、毎日野菜の世話をする大変さを知りました。だからこそ、一つ一つの野菜に感謝の気持ちを込めることができるようになったのです」
 次に、トマトを手に取りました。
「このトマトも同じです。太陽の光を浴びて、雨の恵みを受けて、農家の方の愛情に包まれて育ちました。その物語を理解して、感謝することが大切なのです」
 参加者から質問が出ました。
「感謝の気持ちを込めて料理すると、どうなるのですか」
 ルナ姫は実際に料理を作って見せました。
 まず、片方の野菜は機械的に切りました。もう一方の野菜は感謝の気持ちを込めて、話しかけながら切りました。
「人参さん、ありがとう。おいしいお料理になってくれてありがとう」
 参加者の中から、恥ずかしいかもという声が聞こえました。
「最初は私も恥ずかしかったんです。でも、だんだん自然にできるようになります。そして、不思議なことに、感謝の気持ちを込めて料理すると、本当においしくなるんです」
 実際に、二つの料理を食べ比べてもらいました。参加者たちは驚きました。
「本当だ! 味が違う!」
「感謝を込めて作った方が、優しい味がします」
「なんだか温かい気持ちになります」
「これが魔法なのね!」
 次に、ルナ姫は食べてくれる人への愛情について話しました。
「料理を作る時、想像してください。この料理を食べる人がどんな表情をするか、どんな気持ちになるかを」
 ルナ姫は目を閉じます。
「お父様がおいしそうに食べてくれる顔、マリーおばさんが笑顔になってくれる姿、みなさんが『おいしい』と言ってくれる瞬間……そうやって想像しながら料理すると、自然に愛情を込めることができるのです。
 参加者の一人が手を挙げました。
「でも、家族に『おいしい』と言ってもらえない時はどうしたらいいですか?」
 ルナ姫は優しく微笑みました。
「私も最初は失敗ばかりでした。でも、失敗を恐れてはいけません。失敗は成功の元です。大切なのは、失敗から学ぶことです。なぜ失敗したのか、どうしたらおいしくなるのか、一つ一つ考えて、また挑戦するんです。そして、必ず家族に愛情は伝わります。たとえ、『おいしい』って言ってもらえなくても、愛情を込めて作った料理は心を温かくしてくれるんです」
 それを聞いて、参加者の表情が明るくなりました。
 最後に、食べ物の命をいただくことについて話しました。
「私たちが食べる野菜も、お肉も、すべて命あるものです。その命をいただいて、私たちは生きています」
 会場が静かになりました。
「だからこそ、絶対に無駄にしてはいけないし、心を込めて料理しなければならないんです。『いただきます』『ごちそうさま』という言葉は、命をくださった生き物たちへの感謝の気持ちなんです」
 参加者の中には、涙を流している人もいました。
 実習の時間では、みんなでシンプルな野菜スープを作りました。ルナ姫がコンテストで作ったのと同じレシピです。
「まず、材料一つ一つに感謝しましょう」
「人参さん、ありがとう」
「玉ねぎさん、ありがとう」
 最初は恥ずかしがっていた参加者たちも、だんだん自然に材料に話しかけるようになりました。
「次に、このスープを食べる人の笑顔を想像しましょう」
 みんな目を閉じて、家族や大切な人の顔を思い浮かべました。
「丁寧に、愛情を込めて調理しましょう」
 会場に、コトコト、コトコトという優しい音が響きました。
 最後に、みんなで一緒に魔法をかけました。
「愛情と感謝の魔法を、このスープに込めて……食べる人が幸せになりますように……」
 みんなの魔法で、会場全体が温かい光に包まれました。
 できあがったスープを、みんなで試食します。
「おいしい!」
「こんなに温かい気持ちになるスープは初めてだ」
「家に帰って、家族にも作ってあげたい」
 参加者たちは大喜びでした。
 教室の最後に、ルナ姫は大切なメッセージを伝えました。
「料理は愛情です。食べ物は命です。感謝の心が一番大切な調味料です。そして、失敗を恐れず、挑戦し続けることが大切です。今日学んだことを、ぜひお家でも実践してください。そして、周りの人にもぜひ、伝えてください」
 参加者たちは大きな拍手で応えました。
 教室が終わった後、たくさんの人がルナ姫にお礼を言いに来ました。
「今日のお話を聞いて、料理に対する考えが変わりました」
「明日から、もっと心を込めて料理します」
「子供にも、食べ物の大切さを教えます」
 ルナ姫は一人一人とお話しして、みんなの決意を聞きました。
 その後も料理教室は何度も続けられました。
 回を重ねるごとに参加者は増えて、遠い地方からも人が集まるようになりました。
 ルナ姫の教えは、参加者たちを通じて全国に広まっていったのでした。
「料理は愛情です」
 レストランのシェフたちも、ルナ姫の教えを取り入れるようになりました。
 家庭でも、ルナ姫の教えが実践されるようになりました。
 おうちの人たちは、子供に食べ物の大切さを教え、一緒に料理を作るようになりました。
「お野菜さん、ありがとう!」
 子供たちも自然に食材に感謝するようになりました。
 農家の人たちも、ルナ姫の言葉に励まされました。
 自分たちの作った野菜が、多くの人に感謝されているということを知って、より一層愛情を込めて野菜を育てるようになりました。
「ルナ姫のおかげで、農業に誇りを持てるようになりました」
 そんなお手紙が届きました。
 漁師さんたちも同じでした。自分たちが捕った魚が、多くの人の命を支えているということを改めて実感し、より丁寧に漁をするようになりました。
 こうして、ルナ姫の教えは食べ物に関わるすべての人の心に届いたのでした。


< おしまい >