「偉明様と少し庭を散策するわね」
「はい、承知いたしました。お履き物をご用意いたしますね」
ぴゃんっ、と子猫のように飛んで行った梢の相変わらずの生き生きとした表情を琳華の背後で見ていた偉明はこの家族の健全さを垣間見る。
・・・
「それで、愛霖様は流刑に」
「ああ。薬学について初等教育以上のものが備わっていたからな。親からは完全に切り離し、流刑地の島で雑役に就かせる事にした。囚人の怪我や病気の世話役のような物だな」
「そうでしたか……では、劉家とはもう」
「血は確かに繋がっているがもはや縁もなにも、だな。今回の一件で父親の方も辛うじて食っていける程度の僻地の閑職に飛ばした。二度と内宮には関わらせない。ご息女からも“単独の犯行だった”と聞き出せたのが幸いだった。だからこそもう、あの娘に父親の影は付き纏わない」
庭を少し歩いて回った二人は揃って広縁に座り、話し込む。
「伯家については今回の功績と引き換え、と言う形で……悪い言葉を使うならば諸々は揉み消された」
「それをわたくしに言ってしまっても」
「構わん。ご息女はそれを知って良い立場だ。罪人の命を刈るような粛清も必要だが時に穏便に事を治めるのも我々官職の仕事でな」
「あの、偉明様……わたくしごとですが……その、世の中には善い行いと悪い行いの間にはいろいろな事があるのだと今回のお役目で知りました」
「まあ大抵はあまり良いものではない、がな」
粗方の説明を終えて息をつく偉明に琳華はそっと紅玉の髪飾りに指先を添える。
「髪飾り、とても嬉しかったのです……改めてお礼を」
偉明もまさか琳華がそこまで喜んでくれていたとは思っておらず、彼女の澄んだ瞳に見上げられ――息を飲む。
あくまでも美術品や手工芸品に抱くような『綺麗さ』なら女性にも感じたことはあったが今はどうだ、と偉明は自分の心に問いかける。
今、頬を赤くさせて一生懸命にお礼を述べてくれている女性の紅玉のように彩られた唇をつい、凝視してしまう。
これが純然たる『愛おしい』と言う愛情の感覚、だ。
「ご息女……」
「え、あ、っはい」
「いや、良かったら……琳華殿、と呼んでも構わぬか」
その事についてなのだが出会ったばかりの時に偉明の方が「ご息女」と呼んでいたので琳華の方が若干、譲歩していた。
「敬称もいりません」
「そ、そうか」
じとーっとらしからぬ言動を繰り返す偉明を見上げる琳華は「偉明様らしくない」と言う。
「偉明様、わたくしは兄二人と育ちました。隙あらば野山を駆けて虫取りをしたり、木登りもしていました。小梢が来てからは四人で……ふふっ。そんな家の生まれですから気取った言葉などあまり選ばずとも大丈夫ですよ」
そこにあったのは周家が名門である所以の人を見る目の特質さ。
いくら上級貴族であっても彼女の父親が上級官僚として兵部にいるのは先見の明や物事の見通しに長けているからだ。そして自らの考えを時間を掛けて見事に通してしまう。長期戦を読む目と組み立てる頭脳の鋭さたるや……。
「偉明、琳華」
「先生……」
「父上」
座っていた若い二人は立ち上がろうとしたが背後からぴょこっと梢が座布団を抱えて顔を出す。
「今日は皆で月見をしよう」
娘と元部下の縁談。
それはいったいいつから仕組まれていたのか。
「我が屋敷の者たちも皆で、な」
梢のように住み込み以外の通いの使用人たち、そしてその家族の皆を招いて月見をすると言い始める父親に琳華は頷く。
「偉明様、我が家は大体こんな感じです。何もかもが父の思いつき」
「あるいは綿密なる計略か」
「お前たちも言うようになったなあ」
もう偉明と琳華の仲を勝手に夫妻にしている琳華の父親の妻は今、美味しい物の買い物に出ているらしい。だからお出掛け用の姿をしていた。
「ではわたくしも座ってもいられませんね。小梢!!」
「はい、お嬢様!!」
豪華な羽織を脱いで軽装になってしまう琳華に切れ長の偉明の瞳が驚いたように見開く。
「周家の娘たるもの、人手が足りないならば自ら手を動かす!!」
袖をからげる為の細帯を梢から受け取った琳華は慣れた手つきでそれを一人で結びつける。
「先生、宜しいのですか」
「まあ我が家は特殊だからな……偉明、我が娘は一人で三人分は働くぞ」
「そんな……いや、頼もしいとは思いますが」
偉明の思いを余所に、琳華は梢と二人で「納屋に予備の縁台と敷布が」と言い出す。それを聞いた偉明はまさか二人だけでそれを運ぶつもりなのか、と慌てて据えていた腰を上げて「待て、俺も手伝う」と琳華たちのあとを追う。
