「これが本当の玉の輿、ね」
「え……え?」
「客間にいらっしゃい。使者の方が着きましたよ」
呼びに来たにしては今、母親は「玉の輿」などと言ったが……嫌な予感がする。すごく、胸騒ぎがする。
どう会話をしたらいいのか分からず、黙って母親の後ろをついて歩くも大きな屋敷とは言えここは後宮の何十分の一か。
扉を手ずから開ける母親は短い間にさらに凛と美しく成長した娘を見る。
「さあ、母はここまでにしておきましょう……母親らしいこともあまりしてあげられなかったけれど」
「え、ちょっと、母上?!」
そっと背中を押されてしまった琳華の目の前、豪華な客間の卓についていたのは濃紺の……今日は柄の入った上質な織りの衣裳に身を包んだ麗人が一人。
そして見たこともない従者が背後に二名控えていたが琳華の姿に深く最敬礼をしてから出て行ってしまった。
「……え、い……め……っ」
どうしてこの屋敷に、しかも正装に近い姿の張偉明がいるのか。
慌てる琳華をよそに、彼の切れ長の双眸は彼女の髪にある紅玉に一度、向けられる。
「周先生にしてやられた」
「ち、ちうえ、が?そう、父上は一体どこへ」
同席するはずだった最重要人物がいない。
「いえまず、あの、ご挨拶を……えっと」
珍しく取り乱し、あわあわとしている琳華だったが席から立った偉明がつかつかと琳華の目の前にやって来ると自らの手を合わせ、浅く礼をする。
「ひゃ……」
これは身分が上の者に対する時の礼儀作法だ。
「ご息女……いえ、琳華殿」
さらりと名を呼ぶ声に琳華はどうしたら良いのか分からず、胸の前で手を組んで身を竦ませてしまう。
「正式な御挨拶も無しに申し訳ありません。事は急も急……あるいは私が先生の手から離れたあたりから計画されていたことなのか」
浅く礼をしたまま偉明は流れるように言葉を紡ぐ。
「此度の件についてすら、全ては先生の計略だったのかと疑いたくなるような事態ではありますが」
言葉の端々で妙に父親の事を風刺しているが偉明はふ、と顔を上げるとやはり琳華の髪にある紅玉とその美しい顔立ちを見比べる。
「恋しい、と本気で思ったのはあなたが初めてだった」
「な、何か……変なものでもお口に」
「してない」
腕を下ろした偉明は「すぐに返事は要らない」と言う。
これはつまり、アレである。
「きゅ、きゅう……こ、ん……?」
「後にも先にも、女人に髪飾りを贈ったのはご息女だけだ」
その言葉に偉明の人を想う心が込められているなど琳華には……分かってしまった。冷徹な男の血色が良い。良いどころか、赤い。
「わたくし、だって……殿方から、贈り物をいただくのは初めて……でし、た」
ふにゃりと力が抜けてしまった膝。崩れ落ちてしまいそうになる身に腕を回して軽々と支える偉明は「骨太……」とぼそりと言ってしまう。
ここは周家の屋敷内、応接の間。こんな所で偉明に腰を抱かれてしかも何かとても恥ずかしい事を言われてしまい、みるみる内に琳華のきりっとした目元に涙が滲む。頬紅をあまりさしていなかった頬も赤く、体温が上がる。
「この件は宗駿様からのお墨付きでな」
「え……」
「尊く、聡い御方の眼を信じぬようでは親衛隊長などしていられない」
