――それからの話。
周家屋敷へと帰された琳華はまたいつも通りの日常に戻りつつあり、梢に与えていた休暇……と言っても二人で遊びに出掛けていたので一緒に今回の事を軽く振り返りつつも穏やかな日々を送っていた。
屋敷には一度、伯丹辰が遊びに来た。あれから数日後に残っていた秀女全員が屋敷に帰されたらしい。結果はまだ分からないが自分は家の事もあるし駄目だったと思う、と丹辰は恥ずかしそうに笑っていた。
そんなことないと思うけれど、と琳華は思ったが決めるのは宗駿皇子だ。多少は政に関わる者たちの思惑も入るだろうが、琳華も丹辰に自分がなぜ秀女として入り込んだのかを正直に伝えた。多分、丹辰の父親は初めから分かっていただろうが聞かされた丹辰は神妙な面持ちで「そんな大役を琳華様はお持ちになりながら、わたくしたちのことも見ていてくださったのですね」とごく真っ直ぐな思いを話してくれた。
そして劉愛霖の事をどう思っていたのか、二人だけの秘密として聞いたところによると……丹辰の目にはどうにも愛霖の口ぶりが気になっていたらしい。言いたい事をはっきりと言うような丹辰が“目を付けていた”と言うのはまさしく監視の為だったそう。
自分たちは選び抜かれた秀女。宗駿皇子の為に入宮をした者としての矜持を皆がそれぞれに持っている筈なのに、愛霖はまるで琳華に依存しているように見えたらしい。
自分のように戦略的に徒党を組んでいるような気配でもなかった、と丹辰は鋭い指摘をしていた。
琳華が近くにいない時は他の秀女に対して酷く無愛想で、はたまた後宮側の下女には異様に丁寧で本当に何を考えているのかも分からない感じで……と、語る丹辰が嘘をついているようには感じなかった。
武闘派の伯家の娘らしく、丹辰は全てを計算した上で振る舞っていた事についても話してくれたので琳華も「実はわたくしも」と猫の皮を何枚も被っておしとやかに振る舞っていた事を告白し、二人でくすくすと笑いあった。
それがつい二日ほど前の事。
「お嬢様、お綺麗です」
今日の昼、琳華には予定があった。
「王宮殿の使者様がいらっしゃると言っても顛末についての報告なのだからこんなに完璧に着飾らなくても」
「旦那様が仰っていたのでこればかりは」
「それなら、しかたないけれど……」
鏡の前でむすーっとしている琳華の髪を丁寧に結っていた梢は最後に大玉の、あの夜市で偉明から贈られた髪飾りを差し込む。
凛とした琳華に似合うその深い色合い。口紅も同じ色にした。
「それにしても小梢は本当に髪結いが上手ね」
「えへへ……これも全てはお嬢様の為でございますからねぇ」
「でもちょっと派手過ぎないかしら」
「いいんですよぉ、旦那様からの発注の通りなのですから」
「さっきから父上からの発注って……なんか、変」
「ぎくり」
鏡越しに最後の調整をしている梢を見る琳華の疑いの瞳。
「でも、使者様が正式に愛霖様がどうなったのか報告をしに来てくださるのだからきちんとした格好であるべきよね」
「そ、そうです!!ね、もし機会があったら通いでの後宮のお仕事にも繋がるかと」
これ以上、梢に疑いの目を向けても父親から何かしらの口止めをされていては相当な賄賂を積まなければ彼女は口を割らないだろう。
使者が屋敷に訪れるまでもう時間は無い。寄宿楼などにいた時にもこの化粧をしていたがかなり特別な事情の時だけで……なんか変、と疑心を抱きつつも琳華は外の空気を吸おうと部屋から庇のある廊下に出る。梢も他の支度の為に部屋から出て行ってしまった。
「琳華」
「は、母上っ?!」
衣擦れも何も音がしなかった、と猫のように目を見開いている娘にやはりなぜか気合いの入った衣裳を身に着けている母親が姿を現す。この後、馴染みのご婦人たちとお茶にでも行くのだろうか。
