「父上、兄上……」
どこに連れて行かれるのか教えられていない琳華は道行く夜間警備の兵と早朝勤務の下女に頭を深く下げさせながら内部の廊下をずんずんと歩く父親と長兄について行くことしかできなかった。
こんなに喋らない二人は見たことがない。家では朗らかと言うかごく普通の親子関係。この王宮殿で二人がどのような仕事をしているのかまでは知っていたが、特に父親については事務職に移った、と言う以外の全貌を知らない。今回の件でも父親が随分と暗躍し、偉明からは『周先生』とまで呼ばれている。尊敬や教えを授けてくれた人に対して親しみを込めた敬称で呼ばれるくらいに家族以外の者から信頼されていると言うのは琳華も知らなかった。そもそも皇子付きの親衛隊長と近しい仲だったなんて。
琳華は一応、と誰かの手に渡ってしまわないように偉明の長羽織を胸に抱いていた。
「あの、父上」
もう一度語りかける心配そうな娘の声に少しだけ振り向いてくれた父親は小さく「後でな」と言う。それだけで娘の心は安心するのだとよく知っていて、同じく振り向いた長兄も頷いてくれる。
長兄も次兄も琳華がまだ小さかった時から本当によく面倒を見て、一緒に遊んでくれた。夜中に何度も抜け出して、山まで虫取りに行って。梢が来てくれてからは四人で出掛けたりもした。
今はその背中に付いて行くしかない。とりあえず、寄宿楼から東宮への庇のある廊下だけは間違うことなく行ける。ただ、後宮内の外観なら把握していたが内部の通路などは全くと言って良い程知らなかった。
歩いてゆくにつれて、中にも兵が番をしている通路を通る。
それをまるで顔パスで通りすぎてゆく父親。その権力に少々怖くなってしまうが琳華自身、彼女が腰から提げている美しい白い組紐とて本当は同じ位の効果があるのをそれを持っている本人だけが知らない。
それが本当はとんでもない代物だった、など。
