『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』



 丹辰の告白に琳華がハッとした表情を見せた時だった。
 下階、秀女たちが宿泊をしている寄宿楼一階の部屋から大きな物音と男性兵士の声や不安がる若い女性たちの悲鳴が上がった。

 「何があったのですか!!」

 琳華は持ち前の俊敏さで咄嗟に席から立ち、番をしている下女に対し扉越しに問いかけるが「出てはなりません」と言われてしまう。しかしよく思い返してみればこの下女、今まで一度も寄宿楼内では見かけていない。秀女が出入りする際に目撃した姿は下女の衣裳だが最下級の宮女が今の所は客人の待遇である秀女たちの見張り番などするはずがない――と言うことはこの女性は下女の格好をした宮正、か。

 「わたくしの、侍女は……楊の家の侍女といる筈で……多分、葉の家の侍女も、一緒に……」

 琳華の後ろでやはり席から立って様子を見に来た丹辰が不安そうに立ちすくんでいる。

 「我が家の者も下階のどこかにいるはずです。彼女は毬のように跳ねる強い子ですから……大丈夫よ。何かあった場合には自分が正しいと思ったことを、助けを求める方を守るよう周家で教育されていますから」

 琳華は自然と丹辰のそばに行き、肩を寄せるようにして細い手を握る。
 上級貴族の娘、と言うだけで怖い目に遭う機会は多い。琳華自身も強いのだが小柄な梢も同じく強い。だから大丈夫、と琳華は丹辰を励ますように諭す。

 悲鳴と物音から暫く丹辰と琳華は二人で寄り添うように扉の方を見つめていたが突然、人の気配が増えた。びく、と恐怖に震える丹辰の手を強く握り返す琳華は開いたそこから男性の兵士と同じ色の衣裳、女性用の兵装を纏った宮女が入って来るのを見る。その姿は紛れもない、琳華が憧れている宮正の女官の姿だった。

 「周琳華様、ご同行願います」

 この場を仕切る代表者は女性の宮正だったが彼女の背後には帯刀をしている男性兵士がいる。偉明が管轄する親衛隊が纏う濃紺の衣では無い、黒に近い濃緑の衣裳。
 同行を請われ、丹辰の手を強く握っていた琳華の手が離れる。

 「待って!!」

 無礼を承知で琳華の羽織の袖を掴んで引き留める丹辰だがもう、琳華の頭の中では彼女が教えてくれた『粉末の香』と『劉愛霖』から貰った香嚢の存在が浮かび、結びついてしまっていた。
 抜き打ちで各部屋に検分が入ったのだろう。下では空き時間となった侍女たちが洗濯をしたり部屋を整えたりしていた筈だ。中には皆で休憩もしていただろう。しかし突然、理由も無く男性兵士と宮正がなだれ込んできて現場を押さえられたら悲鳴も上がる。

 「わたくしは大丈夫よ。あら、丹辰様にもちょうどお迎えが」

 一切の抵抗をしない琳華に宮正も縄をかけたりすることは無かった。そして丹辰には別の女官……東宮から迎えが来たようだった。

 「いや、だめっ!!琳華様は何も」

 その根拠など無いに等しいと分かっていても。

 「またお会い出来たら、お茶をしましょう?糖蜜のお菓子もまだまだ屋敷に沢山あるの。あとそうだ……少しお耳を貸して下さる?」

 最後に軽く丹辰に耳打ちをした後、にこっと笑った琳華の気高さに丹辰はこれ以上、自分が何か言葉を発するのは良くないと察知して握っていた袖から指先を離した。
 ふわりと揺れる裳裾のように余裕たっぷりに「宮正の女官様でしょうか」と問いかけている琳華は誰が見ても『連行』されていった。きっと下階にいる侍女も同じ、と丹辰は自分を東宮に連れて行こうとする女官に従うしか無く……それでも琳華の身を案じる。